『鬼滅の刃』は吾峠呼世晴(ごとうげ・こよはる)さんが今年5月まで、「週刊少年ジャンプ」(集英社)に連載していた漫画です。心優しい炭売りの少年・竈門炭治郎が、鬼になってしまった妹・禰豆子(禰=「ネ」に「爾」が正しい表記)を人間に戻すため、鬼と闘う物語です(ざっくり)。
いま、社会現象と呼ばれるほどのブームを巻き起こしている映画「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」までのエピソードを対象に、村上さんのほか、黒岩徳将さん、広瀬康さん、及川真梨子さん、西山ゆりこさんの「鬼滅好き」俳人4人に俳句を作ってもらい、メール句会をしました。3句ずつの投句で3句選、そのうち1句を特選として句評してもらっています。今回は、読者のみなさんにもTwitterで投票していただいたので、合わせて得点順に発表します!
1点句
4. 霧の笑み修行の岩の真っ二つ 広瀬康
(めぐみの樹さん選)
・霧の中に消えていった錆兎と真菰の寂しげな笑顔が目に浮かぶ。季語の霧と先の見えない修行とがよく響き合っていると思います。真っ二つになった岩を見たあの瞬間の感動が蘇ってくる一句(めぐみの樹さん)
2点句
7. 一匹と呼ばれる鬼や望の月 村上健志
(西山さん特選、Mitsuko Nakataさん選)
・パッと見、「絵本的」という印象の句なのですが、発想の奥深さに感動しました。鬼滅の作中の鬼達は少年漫画らしく「一体、二体」もしくは「一人」と数えられているのですが、例えば民話に出てくる赤鬼、青鬼を語り継ぐ時は、やっぱり「一匹、二匹」がふさわしい。掲句は、獣のように数えられ、人里からはじかれた鬼の切なさを思わせます。けれど寂しい一辺倒ではなく「望の月」が明るいエッセンスとなり、「人間ではない気楽さ」も想像できる。異形への蔑みと自由なるものへの羨望。「日本の鬼」の本質を言い当てられた気がします(西山さん)
・狼男の例を引くまでもなく、満月には妖しい力があるとされる。満月に呼応する鬼の悲しみ。鬼滅の俳句ということを除いても心に響く一句(Mitsuko Nakataさん)
8. 森に水に呼吸の溢れ卒業期 西山ゆりこ
(黒岩さん、及川さん選)
・呼吸という言葉の不思議さ、鬼滅の刃世界での鍛錬が一段落ついた安らぎも思います(黒岩さん)
・自然が卒業を寿いでいるようで好きでした。ちょっとギムナジウムっぽい雰囲気がステキ(及川さん)
11. 長男の宿命雪掻の重さ 西山ゆりこ
(シュリさん、北村有さん選)
・口に出して読んでみると、この句が一番リズムがいいと、思いました!(シュリさん)
・私は炭治郎がことあるごとに「俺は長男だから」と長男アイデンティティを示すところに共感するので、この句に投票(北村有さん)
12. 風鈴や炎刀握る手に力 広瀬康
(及川さん、幸の実さん選)
・風鈴なので、刀の作り手の鋼鐡塚さんを想像しました。涼しさと炎の対比が素晴らしい(及川さん)
・煉獄さんの回想シーンを想像しました。美しい風鈴の音とともに思い起こす母の記憶。強い相手に対し、あきらめかけていたその手に再び力が戻ってくる。あんな感動的なシーンを十七音にうまく切り取っていてすごい!(幸の実さん)
3点句
1. 炭売の顔やはらかく拭きにけり 黒岩徳将
(広瀬さん特選、村上さん、河原つばめさん選)
・「炭売の顔」という言葉で、炭治郎の汚れた顔が見えてくる。中七の「やはらかく」で炭治郎の母の愛情が感じられる。そこには申し訳なさもあるかもしれない。一家の生活のために炭を売りに行くという炭治郎。父がすでに亡くなっているがゆえに、長男である炭治郎には色々と背負わせてしまっている。そういう申し訳なさである。母はこの子が無事に帰ってくるようにと気持ちをこめながら、顔の汚れを綺麗に拭き取る。『鬼滅の刃』という文脈を抜きにしても、この句はすごくいい句だと思いました。作品を知っている人には、さらによく響く。そういう句です(広瀬さん)
・労働に喜びを感じることの出来た頃。その炭治郎の優しさが表れている(村上さん)
・炭売りは一目でそれと判るほど顔が黒かったようです。その顔をそ~っと優しく拭いている様子が目に見えるようです。「やはらかく」のひらがな表記、歴史的仮名遣いがそこをゆっくり優しく読ませてくれて、更にこの句の味わいを増しています(河原つばめさん)
3. 何遍も血塗れになる雪野かな 村上健志
(神山刻さん、さちさん、高尾里甫さん選)
・フィクション世界ならではの句ですね。降っていく最中の雪にも血が飛んでいそうです(神山刻さん)
・吉良邸討ち入りや桜田門外の変等も思い起こさせられました(高尾里甫さん)
6. 冬が来る一時停止画面に鬼 西山ゆりこ
(及川さん特選、黒岩さん、颯萬さん選)
・テレビを一時停止にしたら画面に鬼が映った、という驚きと、冬が来るという実感の取り合わせが素晴らしいです。素材の意外性もあるし、〈一時停止画面に鬼〉という省略も的確だと思いました。順序を逆にして上六にした〈一時停止画面に鬼や冬が来る〉だと、後半の唐突さが緩和されるかもしれないと考えました。でも原句のゴツゴツとしたリズムも好きです(及川さん)
・鬼滅の刃を、視聴する側の立場から詠むことも面白いですね。お子さんが観ていたら怖がりそうです(黒岩さん)
・鬼滅の刃をビデオで見ていて、一時停止したときに、ちょうど鬼がドアップで写ったとこで停まってしまって、ちょっとぞっとして怖い感じ。それが、冬が来る、という季語と合っていると思った(颯萬さん)
4点句
13. 生ききる力味噌汁に薩摩芋 黒岩徳将
(村上さん特選、広瀬さん、緩めのドイツ語botさんら選)
・「生ききる」に覚悟、宿命、鍛錬を感じる。その力と味噌汁の薩摩芋、鬼滅の刃と重ねるとなんだか泣けてくる(村上さん)
・句から人物が立ち上がってきます。味噌汁に薩摩芋という措辞の句を読み涙が込み上げそうになることはこの企画のこの句でしかあり得ない気がして、こちらの句を選びました(あおうみさん)
5点句
10. 口枷を洗う少年冬麗 村上健志
(広瀬さん、むらさきさん、しのさんら選)
・鬼滅の刃原作では炭治郎が禰豆子の口枷洗っている場面はない(多分)。だけど妹思いで優しい炭治郎はこまめにこの口枷を洗ってあげるんだろう。口枷を外した彼女が牙をあらわにした鬼だとしてもいとわず。鬼滅の刃という作品の世界がぐっと広がるよい句だな(むらさきさん)
・この俳句を見たら無いはず?のシーンなのに鮮明に頭の中で再生されて、とっても綺麗で温かいなあ、また冬って季節がなんとも言えなく美しくも切なくてなんだかギュッときたので選びました(あいそさん)
・鬼となった妹、禰豆子の口枷を、兄は冬の麗かな日に、妹がすやすや眠っている時に丁寧に洗って干しているに違いない。その心こそこの作品の心である(安さん)
15.風遥か銅貨の回る空高し 広瀬康
(西山さん、髙田祥聖さん、藤色葉菜さんら選)
・アニメ俳句の面白さは、作中に描かれている場面をどう切り取るか、もしくは作中に描かれていない光景を想像してどう詠むかだと思います。15は前者。栗花落カナヲと主人公・炭治郎が初めて会話らしい会話をする場面かと思います。もうね!! ここのね!! カナヲがめちゃくちゃかわいいんですよ!! コホン。場面に空高しという爽やかな季語が合っていると思います。風遥かが横軸に、空高しが縦軸に世界を広げているような感じも好きです(髙田祥聖さん)
・炭治郎とカナヲのあのシーン、銅貨を見上げた瞬間の二人の視線を見事に切り取った一句ですね。これを俳句にするあたりに、作者の鬼滅愛も感じます!(あみま(仮)さん)
・幼少に虐待を受けていたカナヲはそれこそ“鬼”のような心の人間によって意思が不能となる。コイントスはカナヲが唯一出来る意思決定方法。回る銅貨は“自由”を象徴し、炭治郎の優しい心にカナヲの心が解放される様子が季語に託される。空まで回るようで詩的(登りびとさん)
7点句
5. 藁沓が沈む背の子の血の重さ 及川真梨子
(黒岩さん特選、村上さん、西山さん、ちゃうりんさんら選)
・「沈む」で切れが発生して背の子に視点が切り替わると解釈しました。「血」の重さまで踏み込んで言及することで、禰豆子が浴びた鬼の血と、家族という血縁への意識の両方を持っていることが伝わります。藁沓で一歩一歩雪を踏みしめながら禰豆子を背負う炭治郎のひたむきさを想像しました(黒岩さん)
・アニメの中で、炭治郎の背負わされた宿命の苦悩はほとんど見ることが出来ず、不貞腐れることも諦めることもなく前に進む。けれど、そこにはマイナスな気持ちもあるのだろう。その闇の部分が感じとれた(村上さん)
・鬼に襲われ意識不明の禰豆子を背負って必死に雪山を走り降りていく炭治郎の姿を描写しながら、「血」の「重さ」まで言ったところが秀逸。人間と鬼の合間で戦っている禰豆子の体の中を通っている血はそのまま命の重さなのだと思う(小田島渚さん)
・「藁沓が」の「が」と焦点を絞ったことで自分が一晩家を空けてしまったことへの後悔や悲しみが禰豆子の命の重さと共に雪へ「沈む」。音が聞こえてきます。雪の白さから血の赤への展開も光景が浮かびました(サラさん)
・雪は日や時間帯によって固さも深さも、藁沓の沈み具合も違います。その実感が、子を背負うことでより濃く鮮明に浮かび上がります。血の重さだと言い切るのもぞっとするほど具体的で、背の子の生きた温かさも感じられます(H. Tさん)
◇
選句に参加してくださった方、熱い句評を寄せてくださった方、親子で鑑賞してくださった方、そして句会にご協力いただいたみなさん、ありがとうございました!
句会を終えて、村上さんのコメント
ジャンプを昔から読んでたので、作品は知ってました。「アニメがすごくいい」っていうので話題になってたので見たら、おもしろかったですね。アクションが単純にかっこいい。それに尽きるんじゃないですかね。
今回は「那田蜘蛛山」を見直して、そこを中心に作りました。「一匹と呼ばれる鬼や望の月」はまさにそれで、鬼にも人間のときがあって、鬼になったとたんに「匹」になる哀しさですよね。「何遍も血塗れになる雪野かな」は映画を含めてそもそも冬のシーンが多いじゃないですか。1話で家族が亡くなるときも雪に血ですしね。「口枷を洗う少年冬麗」は口枷を洗うシーンはもちろんないんですけど、取り換えたりしてるんじゃないかっていう、物語の中にない部分を俳句で埋めました。鬼になった妹を連れて戦いつつ、ふつうの日常生活も炭治郎にはあって、そこを書きたくて。
物語を元に俳句を作るのは初めてだったんですけど、基本的には「鬼滅の刃」を知ってる人に向けて作りつつ、俳句の中に鬼滅のワードを一個入れましたよ、ではつまらないしなーと思って、その微妙なバランスがむずかしかったですね。それで、鬼滅を抜いたとしてもなんとなく物語がありそう、っていう俳句を書いたんですが、みなさんも物語を知ってるとより深みがあるけどなくても成り立つ句だったから、すごいなぁと思いました。
【俳句修行は来月に続きます!】