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「量子力学の奥深くに隠されているもの」 異なる宇宙ですべてが実現する 朝日新聞書評から

評者: 須藤靖 / 朝⽇新聞掲載:2020年12月12日
量子力学の奥深くに隠されているもの コペンハーゲン解釈から多世界理論へ 著者:ショーン・キャロル 出版社:青土社 ジャンル:物理学

ISBN: 9784791773169
発売⽇: 2020/09/25
サイズ: 19cm/411,12p

量子力学の奥深くに隠されているもの コペンハーゲン解釈から多世界理論へ [著]ショーン・キャロル

 自然界の物質はすべて素粒子からなっている。これは現代物理学が導き出した重要な結論だ。
 一方で、物理学の基礎たる量子力学によれば、微視的世界は波動関数と呼ばれる一種の波の重ね合わせで記述される。そしてこの波動関数は物質の空間分布そのものではなく粒子の存在確率分布を表すもので、観測をした瞬間に確率の波が収縮して粒子的に振る舞うのだという。直感とは相いれないこの意味不明の説明が、標準的教科書にある量子力学のコペンハーゲン解釈だ。そもそも「解釈」という単語からして何やら怪しい。しかし、あえてそこに深入りしない限り、量子力学はあらゆる実験と無矛盾な優れた理論なのだ。
 著名な物理学者であるリチャード・ファインマンはこの状況を「量子力学を本当に理解している人はいない」と表現している。かのアインシュタインですら、「神はサイコロを振らない」と述べ、最後までこの解釈に満足しなかった。
 ところが実験技術の飛躍的進展のおかげで、この量子力学の基礎が直接検証・応用できる時代を迎えた。量子コンピューター、量子テレポーテーションなどの難解な単語を繰り返し耳にする機会が増えているのはその証拠である。
 コペンハーゲン解釈に対して、微視的世界のみならず巨視的世界である宇宙そのものを一つの波動関数で記述するべきだとの過激な考えが、1957年にプリンストン大学の大学院生ヒュー・エヴェレットによって提唱された。当時は完全に黙殺されたものの、現在では多世界解釈と呼ばれ、支持する物理学者も多い。本書はこの多世界解釈の優れた解説書である。
 コペンハーゲン解釈に用いられた人為的な仮定を排除し、量子力学の基礎方程式の帰結をすべて素直に受け入れる。これが多世界解釈の本質だ。しかしその結果、我々の住む唯一の宇宙のなかで、ある現象が偶然起こるのではなく、すべての可能性は異なる宇宙のどれかで必ず実現していることを認めざるを得なくなる。
 有名なシュレーディンガーの猫の例で言えば、箱を開けた瞬間に猫が生死いずれかの状態に収縮するのではなく、我々が生きた猫と死んだ猫の存在するどちらの宇宙にいるのかを知るだけだ(しばしば宇宙が分岐したと呼ばれる)。
 正直言って内容はかなり難解だ。量子力学を学んだことがなければ理解は難しいだろう。かくいう私もわからない箇所が多々あるので偉そうなことは言えない。にもかかわらず、今まで多世界解釈という考えに触れたことがない方々であれば、本書で展開されている議論に驚愕(きょうがく)し、昨日まで当たり前だと思っていた世界の見方が一変してしまうことだろう。
    ◇
Sean Carroll 1966年生まれ。米カリフォルニア工科大教授。理論物理学者。テレビ番組への出演も多く知名度が高い。著書に『この宇宙の片隅に』『ヒッグス 宇宙の最果ての粒子』など。