ミステリーランキング1位作品
・ミステリが読みたい!(「ハヤカワミステリマガジン」2021年1月号 以下・早)
『たかが殺人じゃないか』(辻真先、東京創元社)
・本格ミステリ・ベスト10(原書房 以下・原)
『透明人間は密室に潜む』(阿津川辰海、光文社)
・ミステリーベスト10(「週刊文春」12月10日号 以下・文)
『たかが殺人じゃないか』
・このミステリーがすごい!(宝島社 以下・宝)
『たかが殺人じゃないか』
ランキング上位を占めた主な作品
・『たかが殺人じゃないか』(辻真先)早・文・宝:1位 原:4位
>辻真先さんは2019年の日本ミステリー文学大賞を受賞 87歳「代表作はいつも次作」
・『透明人間は密室に潜む』(阿津川辰海)原:1位 文・宝:2位 早:3位
・『楽園とは探偵の不在なり』(斜線堂有紀、早川書房)早:2位 文:3位 原:4位 宝:6位
・『蟬かえる』(櫻田智也、東京創元社)原:2位 早:9位 文:10位
・『法廷遊戯』(五十嵐律人、講談社)早・宝:3位 文:4位 原:9位
・『Another 2001』(綾辻行人、KADOKAWA)宝:3位 早:5位 文:7位
・『名探偵のはらわた』(白井智之、新潮社)原:3位 宝:8位
・『死神の棋譜』(奥泉光、新潮社)早・文:6位
・『ワトソン力』(大山誠一郎、光文社)原:6位 文:8位
・『欺瞞の殺意』(深木章子、原書房)原・宝:7位
・『鶴屋南北の殺人』(芦辺拓、原書房)早:7位 原:8位
なお、4つのランキングの海外編1位は『その裁きは死』(アンソニー・ホロヴィッツ、山田蘭訳、創元推理文庫)でした。ホロヴィッツはなんと3年連続の独占です。
「好書好日」編集長の5冊
1、『法廷遊戯』
〈あらすじ〉法曹の道を目指してロースクールに通う、久我清義と織本美鈴。二人の過去を告発する差出人不明の手紙をきっかけに、不可解な事件が続く。清義が相談を持ち掛けたのは、異端の天才ロースクール生・結城馨。真相を追う三人だったが、それぞれの道は思わぬ方向に分岐して――(講談社ウェブサイトより)
第62回メフィスト賞受賞作。同賞はときどきとんでもない作品を送り出しますが、これもその一つ。「罪」と「罰」の概念をめぐり、学生たちが模擬法廷を繰り広げる前半と、数年後に起きた殺人事件をめぐり、スリリングな法廷闘争が繰り広げられる後半の二部構成が見事にかみあったリーガルミステリー。同時に、前半のどうということののない描写が後半の伏線になっており、その回収の仕方も見事な本格ミステリーでもあります。加えて、3人の若者の半生の因縁が次第に明らかになり、ほろ苦い読後感を残す青春ミステリーとしても秀逸。とてもデビュー作とは思えない完成度で、今後名作として読み継がれていくことでしょう。
2、『未来からの脱出』(小林泰三、KADOKAWA)
〈あらすじ〉サブロウは森に囲まれた老人ホームらしき施設で、平穏な日々を送っていたが、自分は何者でいつ入所したのか、そもそもこの施設は何なのか、全く記憶がないことに気づく。不審に思っていると、謎の「協力者」からのメッセージが見つかった。「ここは監獄だ。逃げるためのヒントはあちこちにある。ピースを集めよ」。サブロウは情報収集担当のエリザ、戦略策定担当のドック、技術・メカ担当のミッチという仲間を集め、施設脱出計画を立ち上げるが…(KADOKAWAウェブサイトより)
今年も特殊設定ミステリーの力作が数多く生まれましたが、そのなかでこちらを。近未来を舞台にした脱出劇…というといかにもあるあるな筋立てですが、「ロボット三原則」を軸にしたAIとの頭脳戦の面白さは抜群です。しかし、その知恵比べはあくまでも序章、読み進めるうちに、この施設の謎が解かれていき、予測不能の世界が目の前に現れます。SFの要素が前面に出たせいか、ミステリーランキングではあまり上位に入らなかったのが残念。さらに驚かされたのは、著者・小林泰三さんの急逝です。20年11月23日、がんのため58歳で死去。ご冥福をお祈りします。
3、『鶴屋南北の殺人』
〈あらすじ〉ロンドンで見つかった鶴屋南北の未発表作品をめぐる不可解な見立ての連続死、そして「南北の作品」自体に秘められた謎。芝居か現か、過去か現在か。時空を越え複雑に絡んだ謎に、森江春策が七転八倒解き明かしてゆく。(原書房ウェブサイトより)
歌舞伎は全く見ないのに、なぜか歌舞伎ミステリーは目につくたびに読んでいるのですが(芸道小説が好きなせいもある)、人間ドラマや古典の蘊蓄は面白くても、ミステリーとしてはどうなのよ、という作品も残念ながら多いです。そんななか、まさに外連味たっぷりの謎解き小説がこちら。幻の南北戯曲をめぐり、作品を上演しようとする大学の一座で起きる連続殺人の謎と、作品そのものに秘められた謎がからみあう複雑な構成がたまらない。加えて現代の政治や文化をめぐる風刺もピリリと効かせ、ベテラン健在を知らしめた一冊です。
4、『ワトソン力』
〈あらすじ〉目立った手柄もないのに、なぜか警視庁捜査一課に所属する和戸宋志。行く先々で起きる難事件はいつも、居合わせた人びとが真相を解き明かす。それは、和戸が謎に直面すると、そばにいる人間の推理力を飛躍的に向上させる特殊能力、「ワトソン力」のおかげだった。今日も和戸を差し置いて、各人各様の推理が披露されていく!(光文社ウェブサイトより)
特殊設定ブームに乗っかってるのか、それともやんわりからかっているのか。ホームズが捜査にワトソンを同行させるのは、そばにいる人の推理力を飛躍的に高める「ワトソン力」の持ち主だから…という設定がとにかくすばらしい。主人公はいたって平凡な推理力しかないものの「ワトソン力」の持ち主で、謎のダイイングメッセージ、雪の日に起きた不可能犯罪、といった事件の現場に立ちあうと、犯人含む関係者全員の頭が冴え渡ります。そのおかげで、謎解き推理の連鎖が始まり、いわゆる多重解決ミステリーの妙味を楽しめる次第。ドラマにもなった『アリバイ崩し承ります』の著者が「パズラー力」をいかんなく発揮した一冊です。
5、『蟬かえる』
〈あらすじ〉ブラウン神父、亜愛一郎に続く、“とぼけた切れ者”名探偵である、昆虫好きの青年・エリ沢泉(「エリ」は「魚」偏に「入」)。彼が解く事件の真相は、いつだって人間の悲しみや愛おしさを秘めていた──(東京創元社ウェブサイトより)
実は今年、最も楽しんで読んだミステリーは『ソーンダイク博士短篇全集』(国書刊行会)でした。1世紀以上前に書かれた、いわゆる「ホームズのライヴァルたち」の一つ。売りである最新科学に基づく捜査&推理は、いまとなっては歴史ミステリーにも、ある種の特殊設定ミステリーにも読めて、かえって新鮮でした。ホームズやブラウン神父には一格劣ると思っていたソーンダイクのキャラも立っています。そんな古き良きミステリーの香りが漂うのが『蟬かえる』。『サーチライトと誘蛾灯』に続くエリ沢泉シリーズの第2短編集ですが、前作よりも粒ぞろいの5短編が並んでおり、帯に法月綸太郎さんも書いているとおり、「ホワットダニット」をめぐる謎を堪能できます。特に最後に収められた「サブサハラの蠅」は2020年ベスト短編に推したい逸品。まさに今年にこそ読まれてほしい一編です。