男女のハッピーな恋物語、それ以外もあっていい
――ニューヨーク、セントラルパークにある動物園のペンギンハウスには、たくさんのペンギンたちが暮らしている。毎年決まった季節に、女の子と男の子のカップルができる中、男の子ペンギンのカップルが誕生する……。政治家で、同性愛を公表している尾辻かな子さんが翻訳した『タンタンタンゴはパパふたり』(ポット出版)は、実話がもとになった物語。2羽の雄ペンギンが懸命に卵を温める姿を通して、多様な家族のあり方を知るきっかけになる絵本だ。
原作の『And Tango Makes Three』を知ったのは、アメリカでLGBTのニュースを取り上げている雑誌「アドボケート」の記事でした。米国図書館協会の「最も批判を受けた図書」ランキングの上位にもなって、子どもに読ませたくない本として話題になっていたんです。どんな本なのかなと思って、取り寄せて読んでみたら、なんとも心温まる話じゃないかと。日本では、男性と女性が出会って恋をしてハッピーエンドという絵本が多いので、それ以外のお話もあっていいんじゃないかと思ったのが翻訳することになったきっかけです。
07年に参議院選挙に落選して時間ができて、せっかくだからやりたいことをしようと思って、以前からお世話になっていたポット出版さんに持ち込みました。ポット出版さんはLGBTの本もたくさん出しているので、やってみようと言ってくださったのですが、「ところで尾辻さん、あなたは英語の本を訳したことがあるんですか?」と聞かれて、「ありません」と答えたら「それはダメだ」と。ちょうど、参議院選挙の事務局長をしていた前田和男さんが翻訳もされている方で、彼と一緒であればと、共訳することに。お互いに訳したものを持ち寄って、よりよい表現になるように、一緒に考えながら作っていきました。
どこまで擬人化したらいいのかは難しかったですね。例えば「boys penguin」は、「オスペンギン」では味気ないけれど、「男の子ペンギン」でいいのか、「子」でいいのかとか。一番悩んだのはタイトルです。原題は『And Tango Makes Three』。これは、タンゴは2人じゃないと踊れない、2人の共同責任だよという慣用句「It takes two to tango」にかけたタイトルなので、直訳してもわかりにくい。いろいろ考えて、前田さんが『タンタンタンゴはパパふたり』とつけてくれたのですが、それも「ふたり」でいいのか、でも「パパ2羽」も変だしとか悩みました。
英国では多様性を学ぶバイブル
――絵本でありながら、文章にはふりがなをふった漢字を使っているのが特徴だ。
小さい子どもたちにも読んで欲しいという思いはありましたが、幼いうちにこういうことを教えていいのか、反論が出ることに非常に気を使いました。出版は今から12年前のことなので、同性愛についてまだまだ理解されていないことも多く、小さい子どもを対象にすると反論もありそうだったので、漢字を使って、もう少し大きい子どもたちに読んでもらうというイメージで作りました。
初版が出た時は、そんなに売れ行きは伸びなかったのですが、2015年に東京の渋谷区、世田谷区で同性カップルを「結婚に相当する関係」と認めるパートナーシップ制度が始まったこともあって、絵本も注目されるようになりました。その後、19年に出版された、ブレイディみかこさんの『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)の中で、イギリスの保育園では、この絵本が多様性を学ぶための本として、どの園にもあるバイブル的存在と紹介されたことで、多くの方に知っていただけるようになりました。
受け入れてもらえたのは、日本の社会でも、こういう絵本が必要であり、誰かに読んであげたり、図書館や家の本棚に置いておくことが大事だって考えられるようになってきたからだと思います。おとぎ話ではなく、ペンギンの話というのもよかったのかもしれません。鳥類は、つがいで行動する習性がありますが、実は同性のペアっていっぱいいるんです。(主人公の)ロイとシロのように、動物園でペンギンの同性ペアがネグレクトされた卵を温めて雛にかえすこともよくある話です。自然界でも多様性があることを知ってもらえるとうれしいですね。
――作品を通して伝えたかったことは、いろんな家族があっていいんだということ。
この絵本を読んで、オス同士のカップルもあるんだねとか、オス同士でもこうやって卵をかえして家族として暮らすんだねとか、それが特別じゃないって思ってもらえるといいですね。動物の世界でもあるんだから、人間の世界でもある。男性同士や女性同士、ひとり親の家族、ステップファミリーもあるし、どれもが多様な家族の形の一つだってことがわかってもらえれば。
ブレイディさんに聞いたのですが、イギリスの子どもたちがこの本で一番盛り上がるところは、飼育係のグラムジーさんがロイとシロの関係に気づいて「この子たちは、きっと愛し合っているんだ」って言うところだそうです。それは、オス同士だからとかではなく、「この子たちは好き同士なんだ!」っていうことで盛り上がる。そういう感じで、当たり前に、抵抗感なく受け入れてもらえるといいなと思います。
出版から12年経って、改めて絵本が持つ発信力を感じています。翻訳者の手を離れて、みなさんに広げていってもらっているなという感じがして、本当にありがたいです。誰かが最初に石を投げないと次が生まれてこないという意味では、私がファーストステップを踏ませてもらいましたが、日本でも、翻訳ではなく、こういう絵本がどんどん出てくるといいですね。