- 十の輪をくぐる(辻堂ゆめ、小学館)
- じい散歩(藤野千夜、双葉社)
- 今度生まれたら(内館牧子、講談社)
例年よりも「静かな年末年始」が求められている今。こんな時には、じっくりと来し方を振り返り、行く末を想(おも)うのも悪くない。今回はそのきっかけにもなる人生小説を紹介したい。
二〇一五年のデビュー以来、ミステリー作家として活躍の場を広げてきた辻堂ゆめ。二つの東京五輪が鍵となる『十の輪をくぐる』は、自身初となる非ミステリーの長編作だ。
くも膜下出血で倒れたことをきっかけに認知症の症状が出るようになった母・万津子が、ある日呟(つぶや)いた「私は……東洋の魔女」という言葉。同居する五十八歳の息子・泰介は、今まで知らずに生きてきた母の過去に関心を抱く。
仕事も妻との関係も上手(うま)くいかない現状に苛立(いらだ)ちを抱える二〇一九年の泰介の日常と、熊本の貧農の家に生まれ中学を卒業すると愛知の紡績工場へ集団就職し、十九歳で炭鉱職員に嫁いだ万津子の半生が交互に綴(つづ)られていくのだが、昭和の描写には一九九二年生まれの作者とは思えぬリアリティがある。母が分からなくなってしまった息子の「今」と、息子が知らなかった母の「過去」にある違和感や謎の真相にも、深く静かな感慨が残る。
藤野千夜『じい散歩』の主人公となる明石新平は、間もなく八十九歳。十七歳になる年から交際を始めた、ひとつ年下の妻・英子も健在で、東京の繁華街に近い自宅は持ち家、ランチを兼ねた散歩と女性に親切にすることを趣味とする、悠々自適な「老夫」だ。
しかしその実、四、五十代となった三人の息子は皆独身で、其々(それぞれ)に問題を抱えている。妻の英子もまた然(しか)り。そうした家族の日々を深刻になりすぎず、軽々しく扱うでもなく、先の不安が少しだけ薄くなる、絶妙なバランスで読ませるのがいい。新平の散歩コースは実在する店や建物が主なので、本を片手に出かけてみるのも一興だ。
内館牧子の『今度生まれたら』は、ベストセラーとなった『終わった人』、『すぐ死ぬんだから』に続く、老後小説第三弾。昭和二十二年生まれの佐川夏江が主人公だ。女の幸せは結婚であり、出産であり、幸せな家庭を築くことだと誰しも口にする時代に生まれ育った夏江は、周囲が羨(うらや)むエリートを射止め、ふたりの息子にも恵まれた。子どもたちは優秀で、可愛い孫もいる。七十歳を過ぎた今、自分は女の幸せをフルコースで味わったという満腹感を覚えていた。にもかかわらず、夏江は「だが満足感はない」と言うのだ。
その理由にも、巧みに使い分けられる本音と建て前にも、世代を超えて共感できるに違いない。読んで、話して、聞く。静かなだけでなく、豊かな年末年始にきっとなる。=朝日新聞2020年12月23日掲載