「アトリエ雑記」書評 やわらかに光る 景色・友人・酒
ISBN: 9784860114534
発売⽇: 2020/12/16
サイズ: 17cm/252p
アトリエ雑記 [著]牧野伊三夫
あたたかみのある渋い色合いの装画に惹(ひ)かれた。
著者は数々の雑誌や書籍の挿絵や装画、広告などを手掛け、多岐にわたって活躍する画家。各話に添えられたやわらかなタッチの挿絵が、これまでに何度も目にしてきた著者の他の作品と繋(つな)がる。
エッセイのテーマは絵の話から、想(おも)い出やご友人との話、酒、料理帖(ちょう)、と分かれ、生活や、その中で大切にしていることなどが綴(つづ)られている。画家の方の日常と頭の中を覗(のぞ)き見したような気になれて、絵を観(み)たり、描いたりすることが好きな私は頁(ページ)をめくる手を止めることができなかった。
東京の武蔵野にアトリエを構え、散歩に出かけては絵を描き、ときどき銭湯へ行って、そのあとは食と酒を楽しむ、という日々。緊急事態宣言中に読んだこともあり、著者の目を通して見た豊かで静かな自然風景や、心優しい人々とのかかわりあいが、より胸に沁みた。
どこか味があって、愛らしさやせつなさが感じられる独特な挿絵が、各エピソードに奥行きを持たせてくれるのもよかった。
「おじさんの愉(たの)しみ」がテーマの本だというのはあとがきを読んで知ったのだが、共感した部分も、未知の世界を教えてもらう部分も両方あって楽しめる。
食にまつわる逸話はとくに興味深く読んだ。味わい深い酒場でつまむもつ焼きや湯どうふ、郷里である北九州の味、旅先で出会った一品、祖母の代から続くぬか床の味……。数多く紹介されているレシピも、凝っているのに、さも簡単そうに書かれているので気軽に真似(まね)してみたくなった。
ごちそうに囲まれるよりも素朴でつつましやかな雰囲気を感じさせる食が好きだという著者の言葉は、他へ向ける視点にも生かされているように感じた。
けして贅沢(ぜいたく)なものでなくても、普段の景色の中に優しく光るものを見つけていきたい。そう思わせる一冊だった。
◇
まきの・いさお 1964年生まれ。画家。著書に『僕は、太陽をのむ』『かぼちゃを塩で煮る』など。