ロックバンド「クリープハイプ」のボーカル兼ギター。2012年にメジャーデビューし、日本武道館ライブも果たした人気ミュージシャンだ。「世界観がいい」というありきたりな褒め言葉に腹が立ち、逆手にとって芸名として名乗る。
特徴的なハイトーンボイス。男女のふとした気持ちの揺れを切り取った詩的な歌詞に定評がある。だが、「ステージで歌っているときは音が届いているんだなと感じる。曲がないところで、言葉だけで戦いたかった」。5年前、下積み時代をベースにした初の小説『祐介』を刊行し、本作で芥川賞候補になった。
賞は逃したが、音楽の世界では見えにくい「勝ち負け」がつくことがうれしかったという。「(発表を待つ会が)終わった後もどうしたらいいか分からないくらいショックで、でも求めてた刺激はこれか、と」
自身が生まれ育った東京都葛飾区が舞台。主人公の少女は、マッサージ店で働く母の仕事が終わるのを宿題をしながら待つのが日課だ。カーテンの向こうで男性客の相手をする母の「接客」の実態を、幼い彼女はうっすらと理解している。「子どもの頃、言葉を覚える前の世界のほうが解像度が高かった」。母子の逃げ場のない状況が、子どものつたない言葉であらわになっていく。
高校時代はバンド活動に明け暮れ、卒業後は製本会社へ。職場でもらったできたての文庫本を読みあさり、中でもハマったのが町田康だ。荒唐無稽な世界で自滅していく主人公に、うだつのあがらない自分の現状を肯定された気がした。
作家という肩書はまだ使えないでいる。自分は偽物、という気持ちがぬぐえないからだ。「外来種がいれば業界も盛り上がる。でも、盛り上げるだけじゃなくて勝ちたい」。目標は当面、芥川賞だ。(文・板垣麻衣子 写真・関口達朗)=朝日新聞2021年2月13日掲載