「不寛容論」書評 入植神学者が訴えた信教の自由
ISBN: 9784106038600
発売⽇: 2020/12/16
サイズ: 20cm/297p
不寛容論 アメリカが生んだ「共存」の哲学 [著]森本あんり
日本では「一神教は多神教よりも不寛容だ」という俗説が根強い。信仰心の篤(あつ)い人は他宗教・他宗派を排斥しがちだというイメージが浸透している。
しかし本書は、現代の寛容論は近代合理主義によって創始されたものではなく、中世キリスト教に淵源(えんげん)すると指摘する。カトリック教会の法学者たちは、キリスト教こそが正しくそれ以外は間違いだと確信していたが、異教徒への寛容を説いて共存を図った。
この伝統は以後も引き継がれ、キリスト教布教を口実としたスペインによる「新大陸」征服事業を批判する宣教師も少なくなかった。著者は、こうした中世以来の寛容論の流れの中に、アメリカがイギリスから独立する以前の17世紀の神学者ロジャー・ウィリアムズを位置づける。
イギリスで宗教的迫害を受けたピューリタンたちはアメリカに渡って植民地を建設したが、自分たちが多数派となった植民地ではバプテストやクエーカーといった他宗派を弾圧する側に回った。先住民に対してもキリスト教の洗礼や礼拝を行わせ「文明化」しようとした。ウィリアムズが住むマサチューセッツ湾植民地は全住民にキリスト教の神への宣誓を求めた。
社会の統合と秩序の維持のために必要な措置と唱える植民地政権に対し、ウィリアムズは「信教の自由」を訴え続けた。彼は敬虔(けいけん)なピューリタンであるからこそ、自分とは異なる信仰の尊さをも認め、信仰を強制するという「魂の陵辱」を批判したのだ。
やがてウィリアムズは己の理想を実現すべくロードアイランド植民地を建設する。無宗教者も含め、あらゆる宗教・宗派を受け入れたことで多くの混乱が生じたが、それでも寛容の基本線は貫いた。彼の理念は合衆国の政教分離を先取りするものだった。
右派の排外主義はもとより、リベラルの「寛容の強制」など、不寛容が渦巻く今こそ読むべき本だ。
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もりもと・あんり 1956年生まれ。国際基督教大教授(神学・宗教学)。著書に『反知性主義』『異端の時代』など。