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伊坂幸太郎「重力ピエロ」 心の叫びあふれる帯、衝撃 KADOKAWA・小林順さん

 『重力ピエロ』の単行本が発売されたのは2003年。私が角川書店(当時)に入った翌年のことだった。編集とは違う部署にいて、いつか編集の仕事をしたいと切望していた。

 書店でこの本と出会い、目を引かれたのは帯のキャッチコピーだった。「小説、まだまだいけるじゃん!」。「担当者が思わず叫んだ一言」と添えてある。

 1996年をピークに出版市場は下降を続けており、小説ジャンルも同様だっただろう。そもそも日本全体がデフレで景気のいい話などどこにもなかった。

 閉塞(へいそく)感のなか、このコピーは一人の文芸編集者が発した心の叫びのように感じたのだ。言葉は帯の裏にも続く。「これは、小説の持つ面白さ・秘めたる力・無限の未来に改めて気付かせてくれた大切な作品です。(中略)小説好きで良かった、と素直に喜べる瞬間に出会えることをお約束いたします」。このように編集者が読者に熱っぽく語りかけるコピーは見たことがなく、衝撃を受けた。この小説にはそう言わせるだけの力があったのも確かだ。いつか編集者になって、大切な作品の帯にこれに負けないものを書きたいと思った。

 数年後、出版関係のパーティーで、書いた当人に会うことができた。新潮社の新井久幸さんだ。私が当時どれだけ勇気づけられ影響を受けたかをまくしたてると、面映(おもは)ゆそうに笑っておられた。

 その後、私が『重力ピエロ』を超えるコピーを書けたかどうか。「チャレンジはしているけど、まだこれから」と答えるしかない。=朝日新聞2021年3月10日掲載