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ヤマシタトモコ「違国日記」 人生探るドラマ、切っ先鋭い言葉で

『違国日記』表紙

 ヤマシタトモコがその名を轟(とどろ)かせたのは『このマンガがすごい!2011』(10年刊)のランキングでした。彼女の『HER』と『ドントクライ、ガール●(●はハートマーク)』が「オンナ編」の1位と2位を占めたのです。私は、女性の感情生活の繊細な描写に驚きましたが、身の回りの出来事だけに一喜一憂する人間関係の閉鎖性にはちょっと違和感を覚えました。

 この年、『進撃の巨人』が「オトコ編」の1位になったので、世界の危機を相手にするこの大ボラとの対比で、ヤマシタトモコの作品には、自分の身辺にのみ関心を集中する現代人の特徴をことさら強く感じたのです。

 あれから10年、いまヤマシタトモコは『違国日記』を連載中で、最新刊の第7巻が出たところです。『HER』や『ドントクライ、ガール●(●はハートマーク)』と同じく、題材は身のまわりの家族や友人や恋人の話ですが、『違国日記』の人間描写の深まりは段違いで、現代に生きる人間の人生探求のドラマとして普遍的な説得力をもっています。新刊を待望し、読むたびに感嘆しているのです。

 ヒロインの田汲朝(たくみあさ)は中学3年。両親を交通事故で亡くします。その葬式で、親族の心ない言葉に憤激した高代槙生(こうだいまきお)が、思わず朝を引きとると宣言します。槙生は、朝の死んだ母の妹で、35歳の少女小説家です。姉(朝の母)を心底嫌っていましたが、後先かまわず、自分の狭い部屋で朝との共同生活を始めます。朝を愛せるかは分からないが、踏みにじることはしない、と言って。

 この突然の共同生活のなかで、朝がそれまで当たり前だと思っていたあらゆることが疑問に付されます。両親の死に涙を流せない自分とは何か。その両親は自分を愛していたのか。そもそも、父と母とは誰だったのか……。

 槙生は人づきあいが極端に苦手ないわば変人ですが、朝の感じる疑問や不安やとまどいに反応して、無愛想だが誠実な答えを返そうとします。一方、朝は朝で自分のできることで、槙生の生活を支えようとします。その人間関係の濃(こま)やかな積み重ねによって、人生の多様な真実がときどき浮かびあがり、はっとするような鮮烈さをもって、見事な言葉として結晶していきます。そう、このマンガの大きな魅力は、切っ先鋭い言葉の力にあります。

 巻を重ねるにつれて、群像劇の醍醐味(だいごみ)もどんどん増しています。最新第7巻では、男社会を降りた槙生の元恋人や、医学部受験で女子の点数を減らす不正に怒る朝の友人の姿が描かれ、社会派的な厚みも加わってきました。いまやその展開から目を離せません。=朝日新聞2021年3月10日掲載