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エコノミスト・崔真淑さんが選んだ「はたらくを考える本」 投資も仕事も、最後は誠実な人が笑う

文:朴順梨 写真:篠塚ようこ

崔さんが選んだ、「お金やビジネスと、向き合うための本」

1. お金をちゃんと考えることから逃げまわっていたぼくらへ(糸井重里・邱永漢、PHP文庫)
2. ひたすら読むエコノミクス(伊藤秀史、有斐閣)
3. 伝わる・揺さぶる! 文章を書く(山田ズーニー、PHP新書)
4. 日本のエクイティ・ファイナンス(鈴木健嗣、中央経済社)
5. 実証分析入門 データから「因果関係」を読み解く作法(森田果、日本評論社)

 私の人生の中で大きな転機は、29歳の時にそれまで勤めていた金融機関を辞めたことでした。その直後に独立開業したのですが、最初の3年は全然食べられなくて。色々悩んでいた時に、当時の仲間が「これ面白いよ」と紹介してくれた、邱永漢さんと糸井重里さんの対談をまとめた『お金をちゃんと考えることから逃げまわっていたぼくらへ 』が、私を助けてくれました。

 もともと邱永漢さんは大好きだったので、彼の本はずっと読んできました。邱さんは伝える力のある作家としてはもちろん、お金を生み出してきたことでも有名な人ですが、この本からは彼のお金に対するスタンスを、たくさん吸収しました。

 2人の対談から「お金は人とのご縁があってこそ稼げるものだから、そのご縁をどうつなげていくか」とか、「投資の初心者は、株式投資から始めなさい」といった、投資やお金の基本中の基本が読み取れます。客観的なデータや理論では紹介しきれない、投資家の主観的な経験談が満載なので「お金持ちも色々大変なんだな。ラクして儲けることはできないんだな」と勇気づけられました。

 『伝わる・揺さぶる! 文章を書く』は、独立して最初の事業が失敗した頃に手に取りました。ミャンマーで始めた事業が全くうまくいかず、「原点に戻って株の分析や経済分析を軸に活動しよう」と思いました。でも、「私はこんな素晴らしいサービスを提供します」とか、「こんな知見を持っているので仕事ください」と言ったところで、発注なんて来ない。だから日本に帰国してブログで発信を始めようとこの本を読んだら、自分の文章力のなさを思い知らされました。

 この本は誰に何を伝えるべきか、読んだ人に何を考えて欲しいかまでが網羅された書き方を紹介しているので、私も読んだ後に文章がずいぶん変わりました。PV稼ぎのために炎上させるようなものではなく、いつ検索されても恥ずかしくない、長く読んでもらえるような文章を心がけるようになれたのです。「今も昔も文章下手だろ!」って言われてしまうかもしれませんが(笑)。

経済学という学問を実社会に役立てるために

 『ひたすら読むエコノミクス』と出合ったのは、社会人入学で大学院に通うことが決まっていた30歳の時です。エコノミストとして生きていくために最先端の知見の吸収が必要だと思ったものの、経済学の最新の潮流を追い切れていなかったのです。大学時代は経済学部だったのに「現実社会へ応用できる可能性はどのぐらいあるのだろう…」とさえ思うこともあり、不安もありました。

 そんな折に数式を一切使わず、「なぜ経済学を学ぶと、実社会に応用できるのか」ということが書かれているこの本と出合ったことで、経済学やファイナンスをさらに学んでみたいとより前向きな気持ちになれました。同時に自分の中に、「人を憎まず制度を憎む」という考え方の軸ができたんです。

 たとえば日産自動車のカルロス・ゴーン元会長が海外逃亡した時に、彼の不道徳を非難する声が多数挙がりました。しかしミクロ経済学的に見ると、当時の日産は、もしかしたら虚偽記載や不正を防ぐのに不完全な経営体制だったのかもしれません。「悪いことをするメリットより、コストの方が大きければ企業不正は少なくなる。そのためにも制度設計が大事なのだ」という視点で、企業や経済を見ていく必要があるのだという考え方を知りました。

 『日本のエクイティ・ファイナンス』は専門書ではありますが、「いつかこういう本を書けるようになりたい」という、私の目標の本でもあります。この本は株式市場にまつわる事象をデータとともにまとめた、日本のエクイティ・ファイナンス(増資による資金調達等)の歴史がわかる1冊になっています。入門書で学んだことを実際のデータに当てはめると、こんなことが起きるのだということがよくわかるので、とくに経営企画やCFOを目指している人に読んで欲しいと思います。

 最近は日本でもGAFAのようにビッグデータを扱う会社が増えてきていますが、中には「データは集まったけれど、どうしていいかわからない」と悩んでいる人もいると思います。そんな人におススメしたいのが、『実証分析入門 データから「因果関係」を読み解く作法』です。

 データ分析にはいろいろな手法がありますが、今一番求められているものは、「広告費をあげたおかげでうちの商品が売れた」といった因果推論だと思うんです。その因果推論がデータとどう関係があるのかについてのメソトロジーが網羅されていて、読めば読むほど味が出る本です。「●●をしたから××になった」は果たして偶然なのか、それとも因果関係があるのかということは、データを扱う上でとても重要なこと。その重要さを知った上で、ぜひデータを活用してもらえたらと思います。

投資も仕事も、最後は誠実な人が笑う

――「最初の仕事は全くうまくいかなかった」とおっしゃっていましたが、ミャンマーで何をされていたんですか?

 金融機関に勤めていた頃の私は、顧客のためといいつつ、会社が売りたい商品を優先的に売って手数料を稼ぐというビジネスモデルになっていないか、疑問を感じていました。もちろん、そうならないための制度も拡充されてはいます。

 でも金融や市場は大好きだったので、自分で金融機関をつくろうと考えたのですが、当時の日本では億単位の資本が必要だったんです。これは難しいと思っていたら、勤めていた会社がミャンマーに証券取引所をつくるプロジェクトに着手していることを知りました。

 ミャンマーにはまだ株式市場がなかったので、これは参入できるのではないかと、29歳の時にミャンマーに渡ったのですが、日本の常識が全く通用しなくて金融機関どころではなかった。結果的に、お金を全て失ってしまいましたね。

――まさに文無しのなか、どう立ち直ったんですか?

 貯金もなくなってしまい、どうしようかと思っていた時に、たまたま再会した知り合いの経営者に「ビジネスにはピボットが大事で、軸になる事業をやりながら種をまかないと無理だ」と言われたんです。そしてその方に「今すぐ思いつく、軸になる事業は?」と聞かれて「経済セミナー」と答えたら、そこからご縁が広がっていって今につながっているという感じです。

――どん底から反転したわけですね。

 もう、日々生きていくのに必死でした。でも投資も仕事も「最後は誠実な人が笑う」と思っています。どちらもコツコツ続けていくことが、何よりも大事。「デイトレードで資産を10倍増やす!」みたいな投資指南もありますが、将来の生活のためにNISAやiDeCoを活用するなど、じっくり増やしていくことを考えて欲しいです。

自分を好きでいたくて選んだ名前

――崔さんにとって、お金とはどんなものですか?

 お金は自分の時間と魂を削って生み出した、大事なものだと思います。「お金って汚い」みたいなことを言う人もいますが、汚いどころかお金がないと生活できないですよね? お金って自分が提供した価値と引き換えに頂くものなので、まずはお金の源泉になる自分の価値を高めること。そのために、勉強できるうちに勉強すること。それがお金を生み出すために、何よりも必要だと私は自分に言い聞かせています。

――幼い頃から、ご家庭でもお金の話をしていたのですか?

 実家は焼肉店で、いつも商売の話ばかりしていました。今も親戚に会うとそうです(笑)。私のルーツは在日コリアンで、今は違うと思いますが、親世代はどれだけ優秀でも、日本の会社で出世するのは難しいことでした。だから親からは経営者や自分で商売をするなど、「自分でお金を稼がないと生きていけない」と教え込まれていましたね。

――ハンデがある状況ながら、子どもの頃になりたかったものはありますか。

 学校の先生に憧れたけど、当時の私は韓国籍で、公立学校の教師には採用されないと知り、なれない職業があることにショックを受けました。だから独立しなきゃと考えた半面、サラリーマンへの憧れもあって大学卒業後は投資銀行に就職しました。私は20代で日本国籍を取得していたので、日本の名前で勤めていたんですが、ある時、実家が焼肉店だと話したら「おまえ、在日コリアンなの?」と聞かれて、とっさに「違います!」って言ってしまったんです。

その時、嘘をついた自分が許せなくて、独立した時に「自分を好きでいられるために、ルーツがわかる名前を使おう」と思い、以来ずっと崔真淑を名乗っています。

――大学院のその先は、どんな未来を考えていますか?

 今は博士課程に在籍していて、論文を書くことが最大の課題です。論文を書くことは、たとえば「ある会社の会計不正があって、その結果法律が改正されて、株式市場がこんな反応を示したことで、社長はこういうリアクションをした」といった事象や知見をひとつにつなげて形にして「今後の社会のために、この部分を改善する必要がある」と提案することにも意義があると私は思っています。

 学問の力でよりよい形の社会を築いていきたい。学術分野における知見や研究を、企業のビジネスや社会の制度設計に生かすことで社会がどう変わっていくのか。それを見ていきたいんです。学術とビジネスを融合させていこうとする人を、サポートすることにも興味があります。アカデミズムの場で生まれた知見を、ビジネスの場にどんどん提案していきたい。そんなことを考えていますね。