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加島祥造「タオ――老子」 争わず、自由に生きる道 KADOKAWA・小林順さん

 仕事柄、会いたい人に会えることがある。ささやかな交流ではあったが、赤瀬川原平さんと吉村昭さんに接することができたのは大切な思い出だ。一方、ついに会うことの叶(かな)わなかった一人が、『タオ――老子』の著者、加島祥造(かじましょうぞう)さんだ。

 本書は思想家・老子が著した『老子道徳経』の自由現代語訳である。加島さんは英文学者・詩人であり、フォークナーやクリスティーの翻訳者としても知られる。老子には無数の解説書や研究書があるが、加島さんは独自の解釈でこれを現代詩に生まれ変わらせた。

 「天と地のむこうの道(タオ)につながるもうひとつの自分がある。その自分にもどれば人に嘲(あざ)けられたって褒められたってふふんという顔ができる。(中略)たかの知れた自分だけれど社会だって、たかの知れた社会なんだ」「タオの働きをよく知る人は、何か行為をする時、争わないのだよ。争わないで、するのだよ」

 この本に出会ったのは30歳を過ぎた頃だっただろうか。自由な心、争わないことの価値を説く言葉が胸に響いた。以来、迷ったときにいつも読み返す。

 老境に差し掛かった頃、加島さんは都会を離れて信州・伊那谷に移住、老子の教えを実践するタオイストとして生きた。文庫版あとがきには「タオ的な生きかたは、高齢に達した私にもまだできないのです」とある。その心境をじかにうかがってみたかった。

 遥(はる)か遠い時代の言葉がこうして今に届き、私たちの心を動かすことの不思議を思うと、編集者としてなすべき仕事はまだ尽きない。=朝日新聞2021年3月17日掲載