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パワードスーツ、奥深い 「この地獄の片隅に パワードスーツSF傑作選」など池澤春菜さん注目のSF3冊

  • この地獄の片隅に パワードスーツSF傑作選
  • 三体III 死神永生 (上・下)
  • ミシンの見る夢

 何故今までこのテーマのアンソロジーがなかったんだ、と瞠目(どうもく)したのが、『この地獄の片隅に パワードスーツSF傑作選』。パワードスーツ(以下PS)とは、いわゆる機械仕掛けの鎧(よろい)のこと。ライダーに戦隊もの、攻殻機動隊にケロロ軍曹、数え切れない作品に出てくる。こんなに親しみがあって面白い題材が未踏の地だったなんて。
 でもこれが思いのほか叙情的。体内回帰願望だったり、逆に体内で保護したい願望だったり。内と外、機械と肉体、肉体と意識の境目はかくも面白い。
 人格を持ったPSと新しい所有者との交流(かつ任俠〈にんきょう〉もの)「所有権の移転」。スチームパンクPS「ケリー盗賊団の最期」。放棄された宇宙ステーションから一匹の猫を助け出そうと奮闘する「猫のパジャマ」。こんなにもバラエティー豊かな短編が集まるとは。パワードスーツ、奥深い。

 ここ数年のSF界最大の事件とも言える『三体』。世界中を席巻したシリーズの最終巻がとうとう出た。2作目の「黒暗森林」に続く最終巻のタイトルは「死神永生(ししんえいせい)」、痺(しび)れる。三つの太陽を持ち、複雑怪奇な重力圏に滅亡に追いやられつつある三体文明によって送り出された侵略艦隊。その四百年後の到着までに人類ができることとは。地球文明の発展を阻害するための秘密兵器・智子(ソフォン)に対抗する面壁計画。陰謀と裏切り、壮大な計画と人類の叡智(えいち)と勇気。数々の戦いを経て、三体文明との条約が成立する。ようやく平和が訪れたかに見えた……というところから始まる第一部、書き出しはなんとまさかの1453年コンスタンティノープル! 今回も想像を遙(はる)かに上回る展開に、ページを繰る手が止まらない。
 世界が大きな危機に見舞われている今だからこそ、諦めることなく戦った人々の物語が必要だ。

 最後の『ミシンの見る夢』はSFではない。でもジャンル分けできないこの作品を、わたしは強く推したい。
 女性が自分だけの力で生きることがまだ難しかった19世紀末イタリア。コレラによって家族を失った少女は、お針子の祖母と共に暮らす。彼女の行く末を案じた祖母は、裁縫の仕事を教え込んだ。けして越えることのできない階級差、そして男女差。数々の社会的不条理を、主人公は淡々と受け止め、嘆くことなく前に進んでいく。彼女と、彼女の周りにいる女性達の苦しみ、思いがけない友情、愛や別離の悲しみが、まるで精緻(せいち)な刺繡(ししゅう)のように綴(つづ)られる。その糸は、わたしたちの生きる今に繫(つな)がっているのだ。
 美しい布地やドレスの描写も心地よい。ファッションが消費されるものとなった今こそ、読みたい1冊。=朝日新聞2021年5月26日掲載