「エドマンド・ウィルソン 愛の変奏曲」書評 新たな光で文学的巨人を照らす
ISBN: 9784861828416
発売⽇: 2021/04/24
サイズ: 20cm/338,7p
「エドマンド・ウィルソン 愛の変奏曲」 [著]ウィルソン夏子
いまの若い世代には想像もつかないだろうが、かつて大学は「無用の用」、金もうけには無縁の思索と議論にいそしむ浮世離れした学問の府だった。とはいえ卒業生がみな朴念仁の学者になるわけではないから、才走った若者はしばしば新聞社や雑誌社に場を得て、警世の論説や技芸の真贋(しんがん)を決する批評に手を染めた。
エドマンド・ウィルソンはそんな時代に登場し、たちまち瞠目(どうもく)されたアメリカ文壇随一の才人である。
生まれは1895年。第1次世界大戦後の米文学が「英文学」の延長を脱し、若く多彩な才能で世界に存在感を示した時期の若手である。ジェイムズ・ジョイスの評価に貢献し、旧友スコット・フィッツジェラルドの再発見を促す一方、晩年まで社会時評と知的探究に手を染め、その博識と慧眼(けいがん)は現代の専門分化した大学知識人にはないルネサンス的知性の賜物(たまもの)だった。
本書はそんな文学的巨人の人生に、意外な角度から光を当てる。実は著者にとって彼は夫の父、昔ふうにいえば「舅(しゅうと)」なのである。
もっとも40年前、クラシック音楽の勉強で日本から留学中の著者が現地で結婚したとき、夫の両親がウィルソンと作家メアリー・マッカーシーという、ともに米文壇の大物とは知るよしもなかったらしい。
そんなわけだから本書は、研究書ではないが純然たる身内の回想記でもない、ちょっと不思議な読み物になっている。著者は結婚前に亡くなったウィルソンとは面識がない半面、遺児である夫や義理の異母姉を通して故人の私的な面影や影響を垣間見る、という珍しい立場にあるからだ。
本書を手にする読者にはぜひ、四半世紀前に著者が上梓(じょうし)した『メアリー・マッカーシー わが義母の思い出』(未来社)の併読を勧めたい。いまや死語となった「女傑」という言葉の似合う正義の才筆。その明朗で磊落(らいらく)な晩年の横顔をかたわらにかざすとき、本書はよりよく真価を現すだろう。
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ウィルソン・なつこ 室内楽ピアノ奏者、文筆家。著書に『カナダ事件簿』『キューバ紀行』など。カナダ在住。