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「小説 火の鳥」(上・下)書評 歴史改変の魔力に溺れる愚かさ

評者: トミヤマユキコ / 朝⽇新聞掲載:2021年06月26日
小説火の鳥 大地編上 著者:桜庭 一樹 出版社:朝日新聞出版 ジャンル:小説

ISBN: 9784022517432
発売⽇: 2021/03/05
サイズ: 20cm/260p

小説火の鳥 大地編下 著者:桜庭 一樹 出版社:朝日新聞出版 ジャンル:小説

ISBN: 9784022517449
発売⽇: 2021/03/05
サイズ: 20cm/316p

「小説 火の鳥」(上・下) [著]桜庭一樹 [原案]手塚治虫

 手塚治虫『火の鳥』シリーズには、書きかけの構想のみ残る「大地編」がある。本作はその遺稿を元に書かれた長編小説だ。
 1938年。日中戦争の勝利に湧く上海の街で、現地日本人による豪奢(ごうしゃ)な夜会が開かれている。バンドの音楽。女たちのダンス。きらびやかな夜のはじまりをよそに、何やら秘密の相談をする軍関係者の姿が。
 タクラマカン砂漠にあるロプノール湖周辺の動植物には極めて強い活力があり、それが火の鳥が持つ“未知のホルモン”と関係があるらしい。彼らはそれを日本軍の士気高揚に有効利用すべく調査隊の派遣を企てていた。「これがファイアー・バード計画だ!」というわけで、手塚作品に何度も登場している名物キャラ「間久部緑郎」を長とする調査隊が過酷なシルクロードの旅をスタートさせるのだが、調査の本当の目的は、士気高揚などではない。火の鳥の力を用いて歴史を改変することなのだ。
 火の鳥の何をどうすれば歴史が改変できるかは伏せるが、手塚マンガで見てみたいと思わせるSF的かつ愉快な仕掛けになっている。しかし、行われるのは、恐ろしいほど利己的な歴史改変である。太平洋戦争終結までの歴史が権力者の都合でガンガン変えられていく。雇われ隊長かと思われた緑郎も、火の鳥の魔力に取り憑(つ)かれ、権力欲に溺れていく。これぞ『火の鳥』が繰り返し描いてきた「人間の愚かさ」だ。
 緑郎は弟「正人」や妻「麗奈」を「籠の鳥」にたとえ、何度も馬鹿にする。しかし、野心を持たずささやかに生きる者こそがこの世界を支えているのだということを、本作は、というか桜庭一樹は、はっきり書いている。さらに、麗奈が終盤で見せるいくつかの行動は、フェミニズム的な文脈からも解釈可能だと感じた。籠の鳥の飛翔(ひしょう)力を舐(な)めてはいけない。手塚ワールドにリスペクトを示しながらも、桜庭流に変奏される物語を、大いに楽しんでもらいたい。
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さくらば・かずき 1971年生まれ。作家。著書に『私の男』(直木賞)『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』など。