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「インドラネット」書評 友を追い東南アジアの闇の奥へ

評者: 押切もえ / 朝⽇新聞掲載:2021年07月10日
インドラネット 著者:桐野 夏生 出版社:KADOKAWA ジャンル:小説

ISBN: 9784041056042
発売⽇: 2021/05/28
サイズ: 20cm/373p

「インドラネット」 [著]桐野夏生

 社会に潜む闇や閉塞(へいそく)感を描き出し、そこで生まれる人間の欲や真理を浮き彫りにする著者。今作では混沌(こんとん)とした東南アジアを舞台に壮大な物語を繰り広げる。
 主人公は学生の頃から何の取りえもなく強い劣等感を抱いて生きてきた晃(あきら)。彼が、失踪した高校時代の友・空知(そらち)とその姉妹の行方を追ってカンボジアへ発つことになる。空知は晃に人生の中で唯一輝かしいひとときをくれた、美貌(びぼう)とカリスマ性を持つ男だった。
 初めは晃のどうしようもなさに辟易(へきえき)する。会社では大した仕事もできず、女性蔑視までするような人物で、家では散らかった部屋に引きこもってゲーム三昧(ざんまい)。渡航費が出ることもあって引き受けたカンボジア行きもダラダラと出発を延ばし、依頼主に恫喝(どうかつ)されてようやく出発した。
 だが、見知らぬ土地で自身の甘さから騙(だま)され、命の危険さえ感じる困難に立たされ続け、だんだんと逞(たくま)しくなっていく。3きょうだいに秘められた凄絶(せいぜつ)な過去や自分の中での空知の存在の大きさをあらためて知り、さらに危うい道へと突き進む晃の成長に痺(しび)れた。
 旅の入り口は気楽なものだったが、奥へゆくほど闇は大きく広がり、一歩先の展開さえ予想できなかった。丁寧に描き込まれた現地の風景やにおい、音、人物描写が壮大な物語にリアリティーを持たせて支える。
 本書の刊行記念対談で著者が触れていた映画「地獄の黙示録」も鑑賞した。舞台は泥沼化していたベトナム戦争。ヌン川の奥地で自らの王国を築き上げている元エリート軍人の大佐暗殺の任務を与えられた主人公が、仲間を失いながらも闇の奥へ進む話。抗(あらが)えない権力の下、狂気と暴力が飛び交う中で正義について考え、苦悶(くもん)する主人公の姿と晃が重なった。
 旅の終点ともいえるラストは衝撃を受ける。空知への究極の愛と、強い意志で自分の運命を決めた晃の行動……。醒(さ)めない興奮を得た。
    ◇
きりの・なつお 1951年生まれ。作家。著書に『柔らかな頰』(直木賞)『グロテスク』『OUT』『日没』など。