地球の裏表で物語は始まる。
カサソラ兄弟が統べる麻薬組織が敵対勢力によって壊滅させられ、唯一の生き残りとなった三男のバルミロはメキシコ国外へと逃亡した。偽名を用いて長い流浪の旅をし、インドネシアのジャカルタで大道商人に身をやつして再起の時を待つ。一方、麻薬組織の恐怖から逃れるために日本にやってきていた女性、ルシアは指定暴力団に属する土方と結婚し、コシモという息子を産んでいた。育児放棄のためコシモは満足な教育を受けなかったが、たくましい肉体の青年に成長する。佐藤究『テスカトリポカ』はこの2人が出会う物語なのだ。
純文学畑で作家活動を開始した佐藤は、ミステリー小説の『QJKJQ』で2016年に江戸川乱歩賞を獲得したことで人気作家の仲間入りを果たした。佐藤作品は巨大な氷山である。物語として姿を現すのはごく一部で、その本質は水面下に隠れている。直接語られないが、小説に奥行きを与えているのは物語の神話的構造であった。本作では初めて、追放された王が国を取り戻すまでを描く貴種流離譚(き・しゅ・りゅう・り・たん)の形を前面に押し出している。
南北問題を背景にしていることも大きい。バルミロらのカサソラ兄弟は、欧州人によって滅ぼされたアステカ文明の神を信奉していた。いけにえを求める彼らの宗教心が、敵を皆殺しにする自らの行為を正当化するのだ。この要素によって本作には叛(はん)アメリカ小説という性格が備わった。麻薬取引から事を起こした主人公が、新しい犯罪ビジネスを始めて巨大な利潤を生むことでアメリカ中心の世界秩序を突き崩そうとするのである。
異例なほどに柄の大きな物語であり、山本周五郎賞と直木三十五賞の同時受賞作になったのは当然である。娯楽小説としての読みどころは登場人物の多彩さで、『水滸伝』よろしくさまざまな異能を備えた怪物たちがバルミロの下に集ってくる。背徳的ではあるが、胸熱くなる冒険小説でもあるのだ。=朝日新聞2021年7月17日掲載
◇
KADOKAWA・2310円=7刷7万5千部。2月刊。「文学とエンタメが融合した作品を好む読者に支持されている」と担当編集者。第165回直木賞に決まった。