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村上康成さんの絵本「ピンク、ぺっこん」 どんな生き物も、生きることに邁進している

村上康成さん

主人公はヤマメの赤ちゃん

——「おなか ぺこぺこ、はら ぺっこん。ぼくは げんきな ヤマメの ピンク」。山奥を流れる川を舞台に、魚、鳥、虫、動物たちのドラマチックな1日を描いた『ピンク、ぺっこん』(徳間書店)。森や川、海など自然をテーマに作品を描き続ける村上康成さんのデビュー作だ。1983年に福武書店(現ベネッセ)から刊行された後、2000年に復刊した。

 学生時代から芸術表現の一つとして「絵本」への魅力を感じて、出版社の多い東京に出てきました。でも、描きたいという熱が高まっているのに、何を描いたらいいかわからない。友人である長谷川集平のデビュー作『はせがわくんきらいや』にも影響されて、社会的なことや人間関係のこと、自然のことも描きたいと探ったんですけど、僕の中にはそれらしいものが見つからない。20歳そこそこの若造が何をいうんじゃと自分自身で思いながらも、絵本表現の模索が続きました。

 デザインの仕事をしながら出版社に持ち込みをして、週末になると釣竿とテントを担いで奥多摩の方へ釣りに出かけるという生活。魚釣りには圧倒的な魅力があって、自分の人生はどうなるんだという不安を抱えながら、でも、目の前の流れには我慢できませんでした。

『ピンク、ぺっこん』(徳間書店)より

――そんな時、編集者から「魚釣り好きなんですか?」と聞かれた一言が転期となる。

 「大好きなんですよ!」ってヤマメ釣りの話を始めたら、僕の顔色が変わったらしいんです。それまで、悶々として濁り腐っていたような若者の目がキラキラして、喋りまくった。それがよかったみたいで「それを絵本にしませんか?」「え? ヤマメの絵本でいいんですか?」って。そこから描き始めました。

 当時はヒマだったので、構図とか展開、文章をどうするか、編集者と一緒に時間をかけて練り上げていくことができました。主人公は、いつも空腹状態で、隙きあらば虫を狙って食べようというヤマメの赤ちゃん。一匹だけヒレを濃いピンク色にして「ピンク」という愛称にしました。タイトルにもつながる「おなか ぺこぺこ、はら ぺっこん」という決め台詞は、子どもたちが口ずさみながら読めるような、いやらしくない程度の柔らかさで、日本語のリズムを意識してこしらえました。

『ピンク、ぺっこん』(徳間書店)より

――静かな水の中でくりひろげられるのは、生き物たちの命をかけたドラマ。ピンクが獲物を見つけて食べようとすると、横からイワナのおじさんに横取りされ、そのイワナをヤマセミが狙う……。ページをめくるたびに、ドキドキする展開だ。

 自然の中でさりげなく起こっている物事のほとんどが「食べる、食べられる」という世界なんですよね。たんたんとすげーって思うことばっかりで。その物語をどう表現したらいいだろうと。ヒントになったのは、歌舞伎の書き割りでした。自分が学んできたデザインの部分と妙に波長が会うというか、惹かれるものがあって。リアルに描き込むのではなく、象徴的に画面を作り上げ、幕が変わると画面もパッと変わる。それを観て鳥肌が立ちました。そういうニュアンスで絵本をめくることができないかなと考えて、B5の横開きにすることで川の流れを見せ、話も芝居仕立ての展開にしました。

『ピンク、ぺっこん』(徳間書店)より

 出版後、うれしかったのは、釣り専門雑誌「週間釣りサンデー」で作品が紹介されたこと。絵本はまだ、どちらかというとお母さんや子どものものだろうという時代だったので、おじさんが読む釣り雑誌に掲載されたことは、作家冥利に尽きる思いでした。おじさんたちに絵本の面白さに気づいてもらえるきっかけにもなったようで、よかったです。

奇跡の星に生まれた仲間として

――その後、『ピンクとスノーじいさん』(1985)、『ピンク!パール!』(1989)と続く人気シリーズとなるが、絶版の危機を迎える。

 一時期、福武書店さんが出版にあまり力を入れなくなって、児童書や文芸の編集部がなくなったんです。それで、担当していた米田佳代子さんと上村令さんが徳間書店に移り、当時、徳間書店にも児童書の部署はなかったんですが、頑張って部署を立上げて、2000年に新作『ピンクのいる山』(徳間書店)を出版、シリーズ3冊も復刊してもらえることになりました。絶版にならずに長く読んでもらえることになって、本当にありがたいです。

 『ピンクのいる山』は、物語に人間を介在させたいと思って作りました。それまでは、ヤマメを代表にした自然から人間へのメッセージがありましたが、人の存在もすごく重要。人の佇まいも描かなくちゃいけない、自然讃美だけでは終われないという想いがありました。シリーズ最後の『ピンクがとんだ日』(2014年)は、受け継がれていく命がテーマです。主人公がカワセミに食べられてしまいますが、これでよしとしようかなと思っています。

――『ピンク、ぺっこん』の出版から30年経った2013年、「ヤマメのピンク」シリーズが「国連生物多様性の10 年日本委員会(UNDB-J)」 推薦「子供向け図書」に選定された。

 世の中がこういうことに動き出しているんだなと思いました。生態系、食物連鎖という言葉はあったけど、なるほど生物多様性かと。それを目的に描いたわけではなかったけど、デビュー当時からテーマは変わっていないので、気づいてくれてありがとうという感じかな。自然の素晴らしさを伝える手引き書ではなく、自分たちも同じ奇跡の星に生まれた仲間であり、一緒に生きている喜びみたいなものを知って欲しいという想いで描いてきました。

写真/谷岡義雄

 『ピンク、ぺっこん』のクライマックス、カゲロウが飛び立つシーンがあります。薄暮になってくると、川の中からカゲロウがいっせいに飛び立っていくんです。薄暗い川面に白い花が咲くように、カゲロウの羽がふわーっと浮かび上がってくると、待っていましたとばかりに、ヤマメやイワナが食べはじめ、それを鳥が狙う。その光景を見て、身震いしました。どんな生き物も生きるということに必死で邁進するんですよね。それを見ながら、自分はどうしたいんだ、絵本も描けていない、カゲロウに負けられないぞ!と。作品を読んで、そんな沸き立つ気持ちを感じてもらいたい、自分自身を呼び覚ましてもらえるとうれしいです。

――現在も度々、川に出かけ、釣りを楽しんでいる村上さん。環境の変化を肌で感じている。

 毎年、毎年、川も気候変動やそれに伴う工事などで、変わってきています。行った時は一生懸命遊びますが、簡単には遊ばせてもらえない、遊ぶのが難しくなりつつある気がします。

 今、コロナ禍で空前のキャンプブームみたいですね。自然の中で、思いっきりフレッシュな空気を吸いたい、気分転換したい気持ちはわかりますが、ちょっと他所行きな感じもします。僕は、そこに獲物があるから行く、キャンプは手段です。寝袋とテントと懐中電灯一つあればいい、そうするともっとダイレクトに自然と楽しめると思います。自然との距離が遠くなってしまうことで、環境の変化にも鈍くなってしまうこともあるかもしれません。もっと毛穴剥き出しの気持ちで自然を楽しんでほしい。自分も自然の一員である、それを噛み締める体験をしてほしいですね。その上で何を感じるか。どうしたらいいかは個人個人が思い、考えることが大事だと思います。

(文:坂田未希子 写真:本人提供)