新しい問いを考える哲学カルチャーマガジンとある。哲学なんて自分が読んで果たして理解できるのか、おっかなびっくり手に取ったが、ページを開くとインタビューや対談が多くて読みやすく、かつ、腑(ふ)に落ちる話が多かった。いや、腑に落ちるどころではない。胸に刺さったといってもいい。
最新号は「公共」をテーマに資本主義に切り込んでいく。
《選挙のたびにSNS上に溢(あふ)れる「えーっ? 私の周りでは誰もほにゃららさんに投票していないのに!」という声を聞くのがイヤ》という岸野雄一氏のコラムには考えさせられた。《SNSで散見するリベラル寄りの人たちが、(中略)SNS上に自論を書くばかりで、いっこうに手足を動かさない感じがする》と喝破しながら、交通誘導のバイトで知り合った青年の《自分の生活だけで目一杯なのに、他人や社会の事を心配しているような意見を読むと、自分が悪人のような気がしてきて気分が悪くなる》という言葉を紹介している。そして《人権派の候補者がスローガンとしている「弱者救済」は、弱者の人たちに届いていないばかりか、疎ましがられている印象さえ持ちます》と評するのである。
巻頭のインタビューもいい。『人新世の「資本論」』の著者斎藤幸平氏が《日本には市民がいなくて消費者しかいない。みんな誰かがやってくれて、自分たちはお金を払って買う。そして安い方がいい、というマインドになっている》と語る。実に身に覚えがある。《民主主義と言われたら私たちは投票することしかイメージできない》との指摘も本当にそうだなと。身近な問題が取り上げられているのですんなりと入ってくる。
近頃は、できれば考えないで済ませたいのに、政治や社会のことを考えさせられる機会が増えてきた。今戦うべき相手は何なのか。それは自分の中にあるのか外にあるのかもよくわからなくなっている。そんなモヤモヤした状況を見通すための有益な補助線を引いてもらった気分。
そのほかにも、SFを通じて「公共」を考える企画があったり、興味深い哲学論文を紹介し、その執筆者にインタビューする記事があったり、日本にはあまり馴染(なじ)みのない英語圏の概念を紹介する連載や、哲学本の書評ほか、気軽に読めて、それでいて考えさせられる内容が満載。かつてデリダだのドゥルーズだのを読んでみようとして挫折し、哲学は理解できないものとあきらめていた私に、この雑誌は優しく、それでいて鋭く刺さってきた。=朝日新聞2021年8月4日掲載