相澤いくえ『モディリアーニにお願い』、山口つばさ『ブルーピリオド』など美大が舞台のマンガは少なくない。美大卒の作家も多く、正解のない創作の世界に挑む若者の姿は文字どおり“絵になる”。
本作もそんな美大モノのひとつ。ただし、主人公は若者ではない。なんと65歳の女性である。夫を亡くした〈うみ子〉は、久しぶりに入った映画館で近所の美大の映像専攻の学生〈海(カイ)〉と出会う。不思議なシンパシーを感じた彼女は半ば強引に彼を家に誘い、一緒に映画のビデオを見る。そこで彼が発した「映画作りたい(こっち)側なんじゃないの?」という問いがきっかけで、同じ美大の映像科に通うことになるのだった。
彼女の行動力には驚かされるが、背中を押してくれる娘の存在も大きい。何より海の言葉であふれ出した思いを、押し寄せる波で表現したビジュアルの説得力がすごい。
何かを始めるのに遅すぎることはないし、今の65歳は全然若い。「お昼のテレビ」と名画ビデオを対比する冒頭シーンからも、うみ子の感性が垣間見える。彼女のもうひとつの創作活動である料理にも要注目。強さと繊細さを兼ね備えた筆致で描かれる年の差コンビの疾走に心が弾む。=朝日新聞2021年9月4日掲載