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本屋・生活綴方(神奈川) 「本屋やめなくてよかった」空き店舗をDIY、詩集と地元の発信拠点に再生するまで

 前回、横浜の妙蓮寺にある石堂書店を紹介したところ、2015年に路上で知り合った友人の青年から、「近くに住んでいるのでよく行っている」と連絡があった。連載「本屋は生きている」を2年近く続けてきたが、リアル友人からリアルな反応があったのは、実は今回が初めて。ちゃんと読んでくれているのだなという喜びと同時に、私にとって初めての本屋は、誰かにとっての馴染みの本屋だということに改めて気づかされた。

 今回はそんな石堂書店の真向かいにある「本屋・生活綴方」を紹介したい。

【前編はこちら】
石堂書店(神奈川)「みんなのスペース」併設、地元の知恵で生まれ変わった東横沿線の老舗

売るだけではなく、本を作る本屋に

外観は圧倒的存在感。

 「小学館の学習雑誌」と、バリバリ昭和感漂う看板が目印の本屋・生活綴方は、かつて児童書やコミックなどを扱う「チャイルドイシドウ」という書店だった。石堂書店の三代目店主・石堂智之さんによると、石堂さんの祖父が経営して叔父が担当するようになったものの、2000年頃に閉めて以来、寄付された本や不用品などが雑然と並ぶ物置状態だったそうだ。

 そこをブックスペースやアートギャラリー、イベントスペースの場にするため「まちの本屋リノベーションプロジェクト」が始まり、クラウドファンディングと協力者によるDIYを経て、2019年12月に「こいしどう書店」としてプレオープンした。

 「あくまで本を売る場所だったのですが、地域のコミュニティーの拠点にしたいと思って、色々と試行錯誤をしていました。品揃えについても、石堂書店とは違うものにしたいとは思っていたのですが、正直なところ、発想がなかった」(石堂さん)

 クラウドファンディングを募集していた頃、「こいしどう書店」はまちの人が利用できるカフェスペースでブックスペースで、アートギャラリーでイベントスペースとして運営すると発表していた。しかし誰が何をするか、具体的には決まっていなかった。

 「本を売る場所」と言っても、メンバーの中で本のことがわかるのは、石堂さんと「まちの本屋リノベーションプロジェクト」中心メンバーだった、ひとり出版社・三輪舎代表の中岡祐介さんだけ。しかし資金は集まり、プロジェクトは動き出してしまっている。試行錯誤に試行錯誤を繰り返した結果、中岡さんが店を引き受けた。

 中岡さんが決めたのは、詩集を中心とした品ぞろえにすること。詩集が揃っている書店はそう多くはないし、野草社をはじめとする個人出版社のあちこちが、ここ数年詩集を手掛けている。あとは韓国文学やエッセイなど、石堂書店のメインストリームではない本を置こう。「詩といえば、相田みつをぐらいしか読んだことがなかった」石堂さんは、中岡さんにすべてを委ねた。

これまで手掛けてきたZINEが、バックナンバーともに店頭に。

 石堂書店とは違う空間になるのだから、名前も「こいしどう」ではないものにしたい。中岡さんは店名に「生活」という単語を入れることだけは決めていた。しかし、「本屋・〇〇生活」にしてしまうと、生活のスタイルを限定する窮屈な店名になってしまう。だから、「本屋・生活◯◯」と、生活につづく言葉にしたいと思った。そう考えた中岡さんは悩み抜いた末、「生活」という言葉に「綴方」という言葉をつなげることを思いついた。

 生活綴方とは、旧制小学校時代に子どもたちが生活のなかで見たり聞いたり、考えたりしたことを文章で表現すること、またはそれによって生まれた作品のことを学んだ科目のことだが、綴るという字は本を編む「綴じる」の意味も持っている。売るだけではなく、本を出す本屋でもありたいと考えていた中岡さんたちは、この「ヌ」が3つに「又」が1つ並んだ名前に決めた。

 かくして石堂書店だけど石堂書店ではない「書店・生活綴方」が2020年2月15日に生まれた。

 「良い空間だと思ったけれど、本を売るだけなら2軒店を作る必要はないから、最初はちょっと馴染めなかったんです。モノを作って展示すれば、面白い人たちが集まるんじゃないかなと思って」(中岡さん)

店内はコンパクトながらも見やすくまとまっている。

詩集中心に少数精鋭の1500冊

 「まちの本屋さん」といった風情をたたえる石堂書店とは対照的に、綴方は縦長のスペースの入口を入るとすぐに、詩集が置かれた平台が目に入る。私自身、屋久島との縁から山尾三省の詩集は読んできたものの、普段あまり馴染みのないジャンルなだけに、「こんなにたくさんの言葉が、詩になっていたのか!」と素直に驚いてしまった。

 左側の壁は書棚、右側の壁は展示スペースになっていて、すっきりとまとまっている。石堂書店の在庫は約4000冊だが、こちらは1500冊程度と数が少ない分、少数精鋭的なセレクトになっているようだ。

今ではすっかり妙蓮寺っ子の店長、鈴木雅代さん。

 綴方の店長をつとめる鈴木雅代さんは、バリバリの妙蓮寺っ子、ではなく出身は東京で、2020年12月まで都内の某複合型書店に勤めていた。次のステップに進もうと思っていた頃、以前から面識があった中岡さんが妙蓮寺で本屋をやっていると聞きつけた。ふらりと遊びに行くと、「店番できますよ」と言われ、さらに書店経験を買われ、店長として綴方にかかわることになったそうだ。

 今日は鈴木さんがレジを担当していたが、有志の人たちが日替わりで店番しているのも、綴方の特徴だ。

 「店は奥まで続いてるんですよ」

安達茉莉子さんのZINEが、黙々と人の手で作られていた。

 石堂さんに手招きされてレジ横を進むと、小学館の学習雑誌マークよろしく、テーブルを挟んで2人が座り、製本作業に励んでいた。印刷から製本まですべてを自分たちで手掛けるZINEを、これまでに8冊作ってきた。取材に訪れた日は、イラストレーターの安達茉莉子さんが手掛ける『私の生活改善運動 THIS IS MY LIFE』の、第3号を作っている真っ最中だった。

ネットラジオ配信から畑作りまで

 この和室では鈴木さんと中岡さんによる、「本こたラジオ」というインターネットラジオも定期的に配信している。本を売って展示もして本を作って配信もやる、なんてマルチな……と驚いていると、さらに奥に案内された。

地元の苗店の苗を使い、無農薬で育てることに挑戦中。

 視界一面に、緑が広がった。石堂さんの実家と囲む形になっている中庭があり、そこは季節の花々……ではなく野菜畑になっていた。照りつける日差しのおかげか、すぐにもいで食べられそうなトマトやナスが、たわわに実っていた。

 「この畑、開墾式をしたんですよ」

 そう教えてくれたのは、綴方スタッフのいよりふみこさんだ。

 畑は最初から畑だったのではなく、雑草が生い茂る状態だった。いよりさんの友人で設計士の「かーさん」がたまたま店に遊びに来た際、「これは畑ができるのでは」と言ったことで2021年1月に「畑部」が発足した。かーさんが設計模型を作り、測量や土壌調査をするなど、家庭菜園の域を超えたガチな畑作りプロジェクトが始まった。

 開墾式後は、地元の園芸店のアドバイスを受けて土作りや育苗をした結果、10種類以上の野菜やハーブが育つ畑に成長したそうだ。本屋と畑がセットになっているなんて、非常に『離島の本屋』感が高い。

 猛暑日の午後だったのに、風が吹き抜ける畑は居心地が良い。スタッフのウエハラサチコさんと石堂さんの弟の晧久さんさんも交えて、しばしたたずんでみる。するといよりさんがハサミを手に、野菜をパチン、パチンと切って差し出してくれた。えっ、いいんですか? 返せって言っても返しませんよ!

 「返せなんて言いませんよ~」

 と、いよりさんは笑った。ちょうどトマトを買おうと思っていたタイミングだし、ピーマンも食べたかったので、嬉しいことこの上ない。

「本屋をやめなくてよかった」

左から、いよりふみこさん、ウエハラサチコさん、石堂智之さん、石堂晧久さん。

 初対面なのに野菜を囲んでワイワイ盛り上がっていると、石堂さんがつぶやいた。

 「本屋をやめなくてよかった」

 生まれ故郷の妙蓮寺に「そんなに魅力を感じてなかった」から、ずっと違う街とつながっていた。でも今はほとんど、地元から出ていないという。本が必要な人や本が好きな街の人だけではなく、最近は展示などを目当てに、わざわざよその街から来る人も増えつつあるそうだ。

 「店を続けたい気持ちはずっとあったけれど、何をどうしたらいいのか、自分だけではわからなかった。正直、もうダメだと思うこともあったけれど、色々な人が今は石堂書店にかかわってくれています。本屋だからできることは、きっとあるはず。最近は書店がなくなるニュースを見るたびに、頑張りたいって思うようになりました」

 石堂さんたちに別れを告げて家に戻り、さっそくトマトをかじってみた。どこか懐かしい香りがする、しっかりした味のトマトだった。

 1949年に創業した老舗書店は、店を介して集まったたくさんの人たちによって進化を遂げた。その進化は今も続いているから、次に訪ねた時にはきっと違った景色が見えることだろう。

 店は確かにオーナー家族のものだけど、実は訪れる人たちのものでもあるのかもしれない。そこに気付き他者を受け入れることで、「もうダメかも」を突破していくことができる。それは店も人も同じこと。帰り際に「また来たいな」と思ったのは決して野菜が目当てではなく、そんなことを考えるきっかけになったからだ。

(文・写真:朴順梨)

スタッフおススメの1冊

●『種から種へ 命つながるお野菜の一生』鈴木純(雷鳥社)
ふだん食卓で目にしている野菜の姿は、成長過程のほんのひとコマ。植物観察家の著者が、種から育て再び種をつけるまで、生き物としての野菜の一生を追った6年間の記録です。著者のなんだろう、そういえば、と素朴な疑問から観察が始まり、読み手も一緒に悩み驚き、野菜達の劇的な人生に思わず目頭が熱くなります。(いよりふみこさん)

●『いきもののすべて』フジモトマサル(青幻舎)
フジモトさんの4コマ漫画の復刻版。2015年に急逝されてショックだったが作品世界はずっと素敵なまま今も異彩を放ち輝いている。擬人化された動物たちのシュールでウィットに飛んだやりとりにクスっと笑ったり、なるほど!と膝を打ったり。何気ない日常会話の機会が減ってコロナ疲れしている方におすすめ。(ウエハラサチコさん)

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