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滝沢カレンの「屋根裏の散歩者」の一歩先へ いたずらがいつしか快楽に、そして

撮影:斎藤卓行

これは、とある田舎の小さな村で起きた物語だ。

その男の名は、斎田もんた。
もんたは、きまった仕事もなく、たまに頼まれる屋根の修理でどうにか生活をしていた。

どうにかと言っても、ほとんど家賃など払えたもんじゃない。
下宿先の大家さんには、いつも頭をさげ住まわしてもらっていた。
もんたが暮らす下宿先には、もんたのほかに6人程住んでいた。

今日ももんたは時間を持て余しながら1日を過ごしていた。

「はーぁ。暇だ。全くすることがないや。何かないかなあー」

木の枝を杖のように扱いながら、近所の砂利道をゆっくり歩いていた。
川のせせらぎが、暇なもんたを余計に切なくさせる。

すると向こうから、1人の男が歩いてくる。
米田蔵一(よねだくらいち)だ。

「うわぁ。蔵一だ。クソゥ。ついてない」
蔵一は、もんたの隣に住む男だ。

もんたは蔵一が大嫌い。
仕事をないことを大家にチクったのも蔵一で、繊細な蔵一はもんたが隣で鼻歌を歌うもんなら、出ていくよう何度も押しかけてきた。

もんたはできるだけ蔵一に会わないよう過ごすことだけが毎日の目標だが、小さな村ではなかなかそうはいかない。
極太に生やした、眉毛を風に靡かせながらこっちに向かい歩いてくる。
歩き方からして自信が伝わってきそうだ。

ピクリとも表情を変えない蔵一が、もんたと気付くなり話しかけてきた。
「おい、もんた。また暇で仕方ないのか? 心底頼りないやつだな、おめぇは。仕事も充分にできないなんて生きてる理由ないのと一緒だからな。恥をかけ」

蔵一はおっきな声でもんたを責めてきた。
これは毎度のことだが慣れない。
慣れるどころか会うたびに蔵一を限りなく嫌いになっていく。

「もう、どいてくれ」
もんたは責めの姿勢をやめない蔵一がうっとうしくて、ここから立ち去りたい気持ちでいっぱいになった。

「結局負けを認めたなっ」
蔵一は捨て台詞のように、もんたに投げた。
草履でわざと、もんたの足を踏んづけその場を去って行った。

「なんて嫌な奴なんだろう。いつか、いつか絶対仕返ししてやる」
もんたは、誰にも聞こえないくらいの声でつぶやいた。

何をするわけでもなく、ただ何の体力も使うことなく、今日も1日が終わる。
悔しいと情けないを増やして帰宅した。

畳の上で大の字になったもんたは、天井の模様を眺めていた。
「木目がキツネの顔に見える」
そんなくだらない発見をした。

ふと天井のハジまで目をやると、なにやら段差を発見した。
「ん? なんだあの段差?」

些細な段差だが、気になったもんたは直そうと天井をよく観察した。
押し入れをあけて、天井を確認しようとしたとき、もんたははじめての光景をみる。
押し入れには天井がなく、吹き抜けていた。

「え? ここ、こんなあいていたんだ」
もんたは驚きながら、恐る恐る押し入れの上に顔を出した。

すると、そこはこの下宿の部屋の屋根裏、全てに繋がっていた。
「こ、これ全部繋がっていたのか。全く気づかなかった。これを、辿ればもしかして・・・・・・?」

もんたは、何かを企んだ顔をしながら、屋根裏に上がった。
恐る恐る、床が抜けないよう四つん這いになりながら隣の部屋の天井裏に移動した。
音がでないように、息をコントロールしながらじっと天井の隙間から部屋を覗いた。

絵:岡田千晶

そこは、蔵一の部屋だ。
もんたはこれで少しは、蔵一の様子が見れると思い、なんだか勝気な顔になれた。

蔵一は家にいた。
何やら、手紙を誰かに書いているようだ。
文字までは見えなかったが、結構な文量だ。

もんたは気付かれて天井を見られたら、こんないいチャンスが台無しになってしまいそうと考え、一旦退散した。

自分の部屋の畳に戻ると、鼓動の高鳴りを感じ無限に溢れるやる気に浸った。
何をしたわけでもないが、あの憎い蔵一を上から見れる優越感が幸せだと、もんたは感じていた。

毎日、毎日、その日からもんたは屋根裏から蔵一の部屋を覗いた。

「あぁ。毎日こんな見ているだけじゃつまらなくなってきたな。なんか脅かしてやろう」

もんたは、ただ蔵一の様子を見ているだけではもの足りなくなった。
そして考えたのは、夜寝静まったときに音を出して驚かそうとした。

「うまくいけば、あの蔵一がこの家を引っ越すかもしれない。そうなったら最高だ」

もんたはその夜、寝静まった頃また屋根裏に登った。
蔵一は部屋の真ん中に布団を敷き、眠っていた。

「よし、何か動物がいると思わせてみるか」
と、もんたは爪で床を弾き、小動物が走っているように見せた。

"コツコツコツコツッ"

静けさの中に爪を走らせた。

2、3回繰り返すと、蔵一はパッと目を覚ました。
「なんだ? なんだ?」と周りをキョロキョロしながら音の出どころを探した。

そしてもう一度、爪で天井を弾いた。

"コツコツコツコツ"

蔵一は、パッと天井をみて、「おい! たぬきか? ねずみか? 出ていけ!」と天井に向かって叫んだ。

もんたはおかしくってたまらなかった。
笑いを必死に手で抑え、声を止めた。

蔵一のあんな怖がる姿を初めて見たもんたは、この屋根裏からの仕返しを始める。
最初は、小動物だと思わせていたがそれにも慣れてしまい、次はビー玉を落としたりして動物ではないと気付かせていく。

ある日は、自分の這って移動する音を出したり、鉛筆で文字を書く音をだしたり、足音をわざと出して歩いたりもした。
蔵一は毎晩の不気味な屋根裏からの音に寝不足を重ねていった。

とある昼間、道端で蔵一と会った。
いつもなら、もんたを見つけるやいなやこっちに寄ってきて嫌な言葉をたくさんぶつけてきたが、その日の蔵一はちがった。
下ばかりみつめ、なんともんたに気付かないのだ。

そして、蔵一はだいぶ痩せて顔は疲れていた。
毎晩、寝ようとすると起こされ、屋根裏からの何かに怯えていた。

蔵一は、生き霊にでも取り憑かれたのかと思い込み、仕事は手につかずクビになり、毎日お祈りで、神社に通っていた。
蔵一の姿に心配する村人は増え、それでもげっそりしていく蔵一に周りは近付かなくなった。

もんたはしめしめとその毎日を噛み締めていた。
もんたへの当たりはなくなり、あと少しで、この村から出ていくんじゃないかと期待しかなかった。

下宿先の大家さんは優しい人だったため、毎日蔵一の部屋の前に晩御飯を届けていた。
仕事のないもんたを住まわせてくれるくらいだから、相当心は広い。

もんたは、とにかく蔵一をもっと懲らしめたかった。
もう、とっくにギャフンと言わせていたのに、もんたはただ楽しくなっていた。

「今晩は、また違う方法をとってみよう。んー、よし、今日は声で驚かしてやろう」
もんたはついに肉声で驚かそうと企んだ。

その夜、屋根裏から蔵一を覗くと、布団に座り左右にゆっくり揺れていた。
明らかに様子はおかしい。

もんたはその姿にまた笑いがとまらなくなる。
手で必死に声を落ちつかせると、声をできる限り低く、つぶれた声をだし、「でていけぇ」と言った。

声が蔵一に届くと、蔵一は「ひぃやぁぁぁぁ」と聞いたこともない怪しい声を出し、部屋を飛び出し外に走って行った。

「ははははは! 馬鹿だなあ、蔵一め。これで懲りただろう。まぁ、またなんか言ってくるまで、一旦休憩してやろう」

もんたは、1年近くにわたり蔵一を驚かしてきたことにようやくこの日、満足げな気持ちになり、もう当分屋根裏に行くのはやめようと思った。

次の日。

もんたが起きると、村は騒ぎになっていた。
もんたは何ごとかと、外にでて川へ向かった。

近くに人が群がっていた。

そこには、蔵一の死体があった。

もんたは、その姿を目にすると身体が枝のように固まった。
暑くないのに、顔から汗が止まらない。

背中も足にも、汗が吹き出した。
立ててる自分が不思議なくらい、今にも心臓が爆発しそうだった。

蔵一は、目ん玉が4cmくらい飛び出した状態で、身体は縮こまっていて真っ青だった。
きっと恐ろしい最後だったんだと一目でわかる姿だった。

まさか、もんたのした1年が蔵一にしたらこんなにおぞましい1年だったのかと、この日ようやく気付いた。

もんたは、その場から走って去った。

部屋に戻ると震えの止まらない身体を必死にうずくまり止めようとした。
ついこの前まで、もんたを罵っていてなんにも反抗できなかった蔵一が今、もんたのしたことによっていなくなった。

もんたはとんでもない事をしてしまった。

村を出ようにも、金も仕事もない。

もんたはその夜、目を縫われるように瞑り、怖くてどこも見ないようにした。
でも、頭の中には蔵一の姿がこびりつくように襲ってきた。

その瞬間、屋根裏からあの音がする。

"コツコツコツコツッ"

もんたの身体にスーッと鳥肌が立つ。

この音。

間違いなく、1年前もんたが蔵一に仕掛けた音だ。

この日から、もんたは蔵一と同じ目にあう。

今度は蔵一の、番だ。

もんたはこの時悟った。

いきすぎたいたずらは、自分に返ってくるということを、もんたが人生をかけて知っていくことになる。

屋根裏では今日も、不気味な音がもんたを苦しめている。

(編集部より)本当はこんな物語です!

 25歳になる郷田三郎は、学校を卒業してからも定職につかず、親からの仕送りで暮らしていました。仕事だけでなく、どんな遊びも面白いとは思えないなか、友人の紹介で明智小五郎と出会い、犯罪に興味を持つようになります。

 犯罪のまねごとにも飽き、下宿屋で時間を持てあましているときに、郷田は押し入れの天井板が動かせることに気づきます。屋根裏では各部屋の仕切りがなく、節穴から同居人たちの生活をのぞき見ることができます。屋根裏の散歩を重ねるうちに、虫のすかない下宿の住人・遠藤を殺すことを思いついた郷田。節穴から遠藤の口にモルヒネをたらし、瓶を部屋に落としておくことで、自殺に見せかけた完全犯罪を実行しますが……。

 「屋根裏の散歩者」と同時期に発表された乱歩の作品に、「人間椅子」があります。こちらは椅子のなかに住み、そこに座る女性の感触に夢中になるという奇想です。「屋根裏の散歩者」が覗き趣味だとすれば、こちらは革越しの女性の感触を愛するフェティシズム。乱歩の作品にはこうした倒錯した感情に向き合ったものが少なからずあります。カレンさんの想像はホラー仕立ての因果応報譚になっていました。サスペンスと猟奇的な雰囲気は重なっていました。

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