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田中現兎「嘘つきユリコの栄光」 迫真の演技、丁々発止の化かし合い

 「嘘(うそ)つきは○○の始まり」の○○に入るのは「泥棒」か「政治家」か。いや、本作においては「女優」が正解だ。

 平凡な少女・小石川百合子は「主役になりたい」という強い承認欲求の持ち主。小学校では嘘ばかりついて疎ましがられていた。中学では心機一転、勉強や部活で主役になろうと誓った矢先、同級生のイケメン御曹司・満月院(まんげついん)家康が皆の視線を独占する。そこで彼女はつい「私は満月院くんの婚約者です」と大嘘を放ってしまうのだった。

 当然周囲はドン引き。が、開き直った百合子の迫真の演技に家康も乗ってくる。そこから始まる2人の丁々発止のやりとりは、まさに狐(きつね)と狸(たぬき)の化かし合い。家康もなかなかの役者だが、スイッチが入ると別人格になりきる百合子の女優ぶりは圧巻で、その表情の描き分けも見事である。

 嘘が嘘を呼ぶ物語は思わぬ方向に進んでいく。完璧に見えた家康にも事情があり、百合子は満月院家の秘密に迫ることに。負けず嫌いの性格も相まって、どんどん大きな嘘のステージに上がっていく。

 家康との関係が「嘘から出た実(まこと)」になるのか、嘘を武器に栄光をつかめるのか。非凡な演技の才能に覚醒した百合子の下剋上(げこくじょう)伝説の幕開けだ。=朝日新聞2022年1月15日掲載