新井見枝香が薦める文庫この新刊!
- 『改良』 遠野遥著 河出文庫 572円
- 『ぷくぷく』 森沢明夫著 小学館文庫 902円
- 『彼方(かなた)のアイドル』 奥田亜希子著 双葉文庫 704円
(1)ウィッグをかぶり、女物の服を着る。プールで胸を出すことに抵抗を感じていた小学生は、デリバリーヘルス店を利用し、男性として女性にサービスを受けつつも、美しくなりたいとメイクの研究を重ねる、ひとことで言ってしまえば、女装趣味の大学生になっていた。彼を性的マイノリティーと勝手に理解し、吐き気を催すほどの酷(むご)い仕打ちをする人間との対比で、彼の正しさや苦悩を浮かび上がらせる単純な話ではないところに、女性である私は震えが止まらない。
(2)夏祭りの縁日で、金魚すくいの水槽に泳ぐ金魚は何を思うのか。人間たちに追い回され、捕まればどこかへと連れ去られる。主人公の金魚は、飼い主のイズミに「ユキ」と名付けられ、彼女の部屋の小さな出窓で暮らすことになった。イズミが与えてくれた穏やかな自由と、ガラスに隔てられた不自由に心を浮き沈みさせるユキ。イズミへの思いを募らせるユキの口からは、「ぷく……。」という小さな泡が出るだけなのだった。
(3)表題作の主人公でシングルマザーの敦子は、十四歳の息子の寝顔に髭(ひげ)を見つけ、ショックを受ける。息子の成長を受け入れられない敦子は、デビュー当時から応援していた五人組男性アイドルグループの二十周年記念コンサートに誘われ、十数年ぶりに足を運ぶことにした。世間に名を知られていなかった彼らが国民的アイドルに成長したことも素直に喜べない敦子は、ステージで輝く彼らの口から、大切なメッセージを受け取る。=朝日新聞2022年2月5日掲載