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「きみだからさびしい」書評 性別や恋愛 今とは違うものに

評者: 金原ひとみ / 朝⽇新聞掲載:2022年04月23日
きみだからさびしい 著者:大前 粟生 出版社:文藝春秋 ジャンル:小説

ISBN: 9784163915029
発売⽇: 2022/02/21
サイズ: 19cm/199p

「きみだからさびしい」 [著]大前粟生

 社会人二年目、ホテルスタッフとして働く町枝(まちえだ)圭吾はのほほんとしていて憎めないタイプだ。ほどほどにウザい上司や、同世代の同僚に囲まれ、ものすごく好きな人もいる。こう書くと順風満帆に思えるが、好きな人、あやめに告白すると自分はポリアモリー(複数恋愛主義)であると告げられ困惑し、街にはコロナが蔓延(まんえん)し始め、ホテルの経営も傾いていく。
 圭吾に限らず登場人物たちは、自分の中の小さな痛みや嫌悪や不安にしっかり足を止めて考える。例えば圭吾は自分の性欲をグロテスクだと感じ、恋愛と性欲なんかきっぱり区別してしまいたい、と考える。圭吾の同僚の鷺坂(さぎさか)さんは、自分の創作物が人を傷つけたことを知り、唐突に創作が耐えられなくなってしまう。あやめの彼氏の蓮本(はすもと)さんは、寂しさの穴がたくさんあるから、穴を埋めてくれそうな人を見るとすぐに好きになってしまうと話す。
 男だから、女だから、という世界に囚(とら)われている前時代的な上司たちを小馬鹿にしながらも、彼らはどう生きたらいいのか摑(つか)みかねている。彼らの視線はあまりにミクロな方向に向いてはいないだろうか、あまりにも繊細すぎやしないだろうか、最初はそう思いもしたが、読み進むうちその必然性が身にしみて伝わってきた。この解像度が上がり続ける世界では、もはやかつてのような視点、感覚では大事なものを見落としてしまうのだ。
 だから彼らは、足元を注意深く見つめ、足を踏み出すべきか踏み出さないべきか、踏み出して誰かを傷つけはしないか、自分は転ばないか、そもそも自分は既に何かを踏みつけてはいないか、切実に悩み続ける。
 彼らの大切にしているもの、失いたくないものを丁寧になぞるように、温かな筆致で書かれた本書を読みながら、遠くない未来、性別や恋愛の意味が、今とは全く違うものになるだろうという確信が芽生えていた。
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おおまえ・あお 1992年生まれ。小説家。2016年デビュー。近著に児童書『まるみちゃんとうさぎくん』。