読書についての啓蒙(けいもう)書は数多く出版されている。最近では「読解力が足りない」ことについて様々な書籍や媒体で警鐘が鳴らされているが、本書はこの問題にユニークで、認知心理学的に「絶対間違いのない」観点を提供している。
人は文章を読むとき、使われている単語や文法がすべて理解できてもその意味を理解できない。まず、その文章が何についてのものか見定めて、そのことについて(認知心理学で「スキーマ」と呼ぶ)自分が暗黙に持っている常識を発動させ、行間を埋め、自分で文意についての仮説を構築しながら文章を読み進めていく。しかし、スキーマで行間を埋めるときに、文章には書かれていないことを「書かれている」と思い込んだり、読み飛ばしをしてしまい、誤読してしまう。つまり、スキーマという常識を使ってテキストを理解することは、絶対に必要でありながら、誤読も避けがたい「両刃の剣」なのである。
だれもが「わかっていたと思っていたが実は誤解していた」という経験があるはずだ。その理由がわかり、すっきりする。ありがたいことに「スキーマの罠(わな)」から逃れる心構えも伝授してくれる。ハウツーの解決法ではないが、だからこそ本書の知見は時を超えた普遍的な価値をもち、20年以上前に出版されてから売れ続けている稀有(けう)なベストセラーになっているのだろう。
私は子ども時代からずっと国語だけは得意で、読解力はあると思っていた。しかし、本書によって、自分も誤読の罠に搦(から)めとられていたことに気づかされた。認知心理学者の私もまた、人類に普遍的な認知バイアスである「わかったつもり」のことをよく知ってはいても、それから逃れることはできないことを思い知らされたのであった。=朝日新聞2026年7月25日掲載
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光文社新書・770円。05年9月刊。42刷22万3千部。「タイパやコスパが重視される現代だからこそ、脳の認知メカニズムにさかのぼって『正しく読む技術』を説く本書の価値が多くの方に再評価されている」と担当者。