1. HOME
  2. コラム
  3. みる
  4. 父、母、娘、3人の境界が溶けていくLILY NIGHT「ABSCURA」

父、母、娘、3人の境界が溶けていくLILY NIGHT「ABSCURA」

『ABSCURA』から

 一人暮らしをする東京に二度、中国から訪ねてきた両親。彼らが娘のアパートに滞在し、過ごした時間の集積が本書だ。

 室内で撮られた写真には、母か父かその両方、作者の身体の一部と母または父の一部がうつる。ポートレイトがしばしば人を胸や腿(もも)のあたりで「切る」のとはまったく違う方法で切りとられる彼らの身体は、フレームから溢(あふ)れ、はみ出したかのように見える。三人の大人が過ごすには狭い部屋で、異様な感じがするほどの至近距離からレンズを向ける娘を、咎(とが)める様子もなくそこにいる両親の姿に圧倒される。

 下着姿やノーメイクの顔、無防備な体勢で過ごす彼らの写真は、部屋の静物や観光した先の風景の写真と共に並べられる。家族の写真はところどころで次のページに折り返され、半分ずつしか眺めることができない。どこからどこまでが誰の身体で、一枚の写真なのか。それもやがてどうでもよくなってきて、最後には融合し、境界を失った感覚だけがじんじんと残る。=朝日新聞2022年5月7日掲載