1. HOME
  2. コラム
  3. 売れてる本
  4. 黒川祐次「物語 ウクライナの歴史」 行き交う民族を今に重ねて

黒川祐次「物語 ウクライナの歴史」 行き交う民族を今に重ねて

 ウクライナの歴史が手軽にわかる新書、ではない。文章は平明で、内容は国内外の研究書を数多く参照して手堅いが、高校世界史レベルでは歯が立たない地名や人名が頻出する。刊行された20年前には、その壁にはじき返された人もいたかもしれない。だが、この100日間の報道で壁は極めて低くなった。本文と地図をもう少し丁寧に関連付けてほしかったという不満は残るものの、現在のウクライナに関心を持つなら、最後まで読み通せるはずだ。

 中公新書で42タイトル刊行されてきた『物語 ○○の歴史』の1冊。ウクライナという豊かな土地をめぐる通史で、ユーラシア大陸の幾多の民族が行き交って頻繁に場面転換する。

 紀元前8世紀の遊牧民族スキタイ以後、9~13世紀のキーウ・ルーシ公国や17世紀のコサック国家、ロシア革命時のつかの間の独立を経て、ソ連からの1991年の独立に至る。

 どの時代も民族間、時に同じ民族同士の戦争にあふれ、他の時代や現代の苦難と重ねざるをえない。スキタイはペルシャ軍を撤退・焦土作戦とゲリラで撃退した。著者はナポレオンやナチス・ドイツの侵攻への対抗策に類似点を見て「ユーラシア大平原ではその後二〇〇〇年以上たってもほぼ同じことが繰り返されている」と指摘する。

 独立の5年後に日本の大使として赴任した著者は「複雑で非常に懐の深い大国」としてウクライナを「発見」したのだという。その高揚感の中で書かれた本に、すでに不穏さがにじむ。通史のまとめで将来を見通し、「ウクライナが独立を維持して安定することは、ヨーロッパ、ひいては世界の平和と安定にとり重要である」「中・東欧の諸国にとってはまさに死活の問題である」と訴えた。予言の書とは言うまい。歴史を考察する意味が改めて胸に迫る。

 類似の新書は20年前から今日まで見あたらない。文化や教養のストックという新書の本来の意義も思い知らされる。=朝日新聞2022年6月4日掲載

    ◇

 中公新書・946円=16刷15万6500部。2002年8月刊。昨年11月末の7刷3万1500部から計12万5千部を増刷した。