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「むずかしい女性が変えてきた」書評 過ちも矛盾も抱えた苦闘の軌跡

評者: 犬塚元 / 朝⽇新聞掲載:2022年07月09日
むずかしい女性が変えてきた あたらしいフェミニズム史 著者:田中恵理香 出版社:みすず書房 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784622090885
発売⽇: 2022/05/18
サイズ: 20cm/407,14p

「むずかしい女性が変えてきた」 [著]ヘレン・ルイス

 「いつも口調や戦法をつつかれるが、じつは批判されているのは、わたしたちが声をあげようとしていること自体である」
 大人(おとな)しく従うのを拒み、自己主張する女性は、「むずかしい女」と揶揄(やゆ)されてきた。だが、そんな女性たちが社会を変えてきた。そうした視点からフェミニズムの歴史を描いた一冊だ。
 ユーモアと批判精神に溢(あふ)れた語りが魅力的だ。原著が海外で書評に恵まれたのもよく分かる。日本ではあまり馴染(なじ)みのないイギリスの女性たちが主役だが、離婚、セックス、仕事、安全、恋愛というようにテーマごとに章を立てて、過去と現在を自由に行き来しながら論点を深めていく構成が巧みで、飽きさせない。
 キーワード「むずかしい」に込められた複数の意味が、本の特徴を説明する。
 「むずかしい女」は「複雑な女性」も意味する。長所も短所もあるということだ。女性にだけ完璧さを求めていないか。マリー・ストープスは、「ノーマル」とされたセックスを疑い、「よいセックスの権利」を求めた嚆矢(こうし)だが、優生思想の持ち主だった。シェルター運動の先駆者は、フェミニズムと決別した。過ちや矛盾はあったが、重要な足跡を残した、という複雑さもフェミニズムの歴史の一部というのだ。汚点を隠したり、存在そのものをキャンセルしたりする、歴史の歪曲(わいきょく)に著者は批判的だ。
 さらに「むずかしい」には「困難」の意も込められる。
 大学での学び、離婚する自由、投票や中絶の権利、バーカウンターでの飲酒。いまでは当たり前のようだが、女性が手にするための戦いも反発も激しかった。だから、著者は、過去のフェミニズムの限界や妥協を批判する声に異を唱える。そして、この寛(ひろ)い態度が、現在をめぐる語りでも一貫する。互いに争うより、力を合わせよう。著者は、自らに向けられた「人種差別」「トランス嫌悪」との非難も振り返りながら、このメッセージを繰り返している。
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Helen Lewis 1983年生まれ。米「アトランティック」誌のジャーナリスト。英米の各紙誌に執筆している。