書評家・杉江松恋が読む第175回直木賞候補作 群を抜く蝉谷めぐ実「見えるか保己一」の完成度 「日出る処のニューヒット」特別編
第175回直木賞選考会は7月15日に開催される。
今回候補に挙がったの作家は5人である。そのうち3人が直木賞初ノミネートお目見えだ。笑芸人・若林正恭は小説デビュー作『青天』で、すでに確固たる地位を築いている原田ひ香が『#台所のあるところ』で、それぞれ初候補となった。だが、最大の目玉はすでに第39回山本周五郎賞を獲得している『見えるか保己一』だろう。作者の蝉谷めぐ実はデビューからわずか6年という文字通りの新鋭である。この初候補組の誰かが受賞するかどうか。
⚫︎朝倉かすみ『けんぐゎい』(光文社)3回目
⚫︎蝉谷めぐ実『見えるか保己一』(KADOKAWA)初
⚫︎凪良ゆう『多類婚姻譚』(講談社)2回目
⚫︎原田ひ香『#台所のあるところ』(文藝春秋)初
⚫︎若林正恭『青天』(文藝春秋)初
その他の作品は、ノミネート3回目の朝倉かすみ『けんぐゎい』と2回目の凪良ゆう『多類婚姻譚』である。全般的に新鮮な顔ぶれである。それぞれの作品について、以降は詳しく見ていこう。
作者50音順でまずは紹介していく。
作者初の時代小説だ。といっても、まったく既視感のない作品で、小説現代新人賞を受賞したメジャーデビュー作「肝、焼ける」(同題短篇集収録。講談社文庫)以来得意としてきた、地の文に心中の独白が溶けだしたような、語りの声が常に響き渡っている文体を用いて、主人公ふゆの心近くに現代人の読者を惹きつけることに成功している。主題をより鮮明にするためのデフォルメ手段として、作者は江戸時代という舞台を選択したのだと思われる。
ふゆは幼少期に疱瘡(天然痘)に罹ったため、体中にそのが残っている少女だ。妹のりよは器量よしだが、時々何かが降りてきて、いわゆるヒステリー症状になる。りよは商家に奉公へ、ふゆは読み書きの才能を買われて入った手習い所でそのまま番頭のような立場に、と10代前半にしてふたりの針路は分かれる。そして世界の残酷さを知るのである。
ふゆは手習い所の当主となった宗三郎という見目麗しい男性に心惹かれるが、彼によって激しい性加害を受ける。さらに、疱瘡痕が残る彼女の風貌を指して、けんがい(圏外)の存在と侮辱するのである。圏外ゆえ社会に居場所はない。自分のような男が相手をしてやることでようやく存在することを許されるのであると。主である宗三郎にふゆは逆らえない。
男性優位主義やルッキズム、女性性の搾取といった世界を歪ませているものが濃縮された形で詰め込まれている。朝倉の非凡なところは、こうした不公平に対する抗議の声をただ挙げるのではなく、虚構ならではの変換装置をかませて物語展開の中でそれを見せているところだ。小説は幻想的な風合いを帯び、最後まで着地点がわからないものになっている。前半はゆったり、後半は急流のように話が進んでいく。
主人公である塙保己一は江戸・文化文政期の人で、幼少期に失明した視覚障害者ながら、国学全書というべき『群書類従』を編纂するなどして人文科学の発展に大きく貢献した。
視覚障害者である「保己一」に対して「見えるか」とは残酷な題名に感じるが、そこに本作最大の仕掛けがある。そこには、他の者が見えるものが見えないという事実、塙保己一は失明したことによって世界から切り離されたような喪失感と、晴眼者の力を借りなければ生きていけないという恐怖を常に感じていたという、ごく当たり前の事実が反映されているのである。蝉谷は、立志伝中の偉人としてのみ保己一を扱うのではなく、そうした等身大の心理を持った一個の人間として描こうとした。塙保己一にまつわる物語を解体し、現代人にも納得しうる形でそれを再構築したのである。
生誕から老後までの時間が年代順に記述されていく。失明から世に出るまで、青春期を描いた序盤は動きがないのだが、保己一が妻帯して国学者として名の知られた存在になる中盤以降に小説ならではの展開がある。目が見えないことの不自由さが端的な形で示される第3章で、作品世界を包む空気は変わる。そこからは保己一と周囲の人々との対比も鮮やかなものになり、彼がどのような人間であるのか、という興味が膨らんで読者は一気にページをめくらされることになるのだ。まさに巻措く能わずという読書体験が得られる。
蝉谷は大学で近世の芝居文芸について学び、デビュー以来一貫して歌舞伎や浄瑠璃、戯作文芸などを題材とした作品を発表してきた。作域を拡げることに挑戦したのが本作であり、文体もそのために大きく方向転換している。これまで一部の読者のものであった作品世界が一般層に向けて大きく開放されたのである。出世作であり、勝負作だ。
前回候補になった『汝、星のごとく』(講談社文庫)は長篇だったが、今回は5作が入った短篇集である。凪良はジャンル小説が出発点で、一般文芸に活動の場を移してからは連作形式以外の短篇集がなかった。本作は初のノンシリーズ短篇集である。長篇ではキャラクターを動かすことで物語の推進力を得ているような印象があるが、本短篇集ではさまざまな立場や考え方の登場人物を網目のように配置することで、1冊の本が体現する主題が立体的に浮かび上がるように配置されている。題名は説話類型である「異類婚姻譚」のもじりで、この社会においては結婚にも多様なありようが考えられるということが表現されている。
巻頭の「Thank You for understanding」がまさしくそうした短篇で、婚約者を家族に紹介しようと決意した女性の逡巡が中心に描かれる。「Beautiful Dreamer」は、普通の幸せを結婚によって手に入れたいと願い、努力する女性が主人公だ。3話目の「小鳥たち」では角度を変えて、結婚生活というものに一旦見切りをつけて実家の本屋を手伝い始めた女性が、幼なじみと恋愛に至らない親密な関係を築くに至る。このように位相が異なる話が組み合わされており、4話目の「Position Talk」ではそれまでと代わって男性の視点から、女性が自分の性に要求しているものを受け止めきれずにいる姿が描かれる。最後の「C’est la vie」は男性優位社会の中で生き抜く女性が、公私にわたるパートナーとの関係をどうするかという葛藤を味わう物語だ。どの物語もたいへん面白いのだが、カギカッコの中に時事に関する議論をそのまま書いてしまうような会話などに、私はやや引っかかるものを感じた。
原田の作家デビューは2008年で、2018年の『三千円の使いかた』(中公文庫)で知名度が一気に上がった。ごく身近な経済観念、生活感覚を軸として書かれた人間喜劇が多くの読者の心を捉えたのだ。すでに多くのファンがいる作家で、連作形式の短篇集を中心に作品を発表している。
本作もそうした作品のひとつで、これも題名にあるように台所を核とするような物語が6篇収録されている。最初の「ままならないキッチン、ままならない人生」では、住環境に妥協して買ったという経緯のある冷蔵庫が壊れたことから、主人公が自分の半生を振り返る。「半殺し」は食に固執しないため一口コンロでいいと主張する男性と同棲を始めた女性が、心の中に積もっていく澱の存在に気づくという短篇だ。ここまではごく普通の生活が描かれる話だが、次の「冷凍庫冷蔵庫合わせて五台」は、かなり特殊な慣例がある島で暮らす女性の物語で、人間関係が現代社会の異様な一面をデフォルメした縮図のようになっている。
原田は不安定な心理状態の女性を描いても巧い作家で、次の「毎日、揚げもの」では家族への憤懣が積もり積もった女性が主役を務める。
本の題名についている#は、SNSで共通の話題を出すときにつけられるハッシュタグだ。登場人物たちはみな深夜にテレビで放送されている「台所のあるところ」というドラマを観ていて、それに関する率直な意見をネットに書き込むことで顔も知らない視聴者とつながっているのだ。ネットからの書き込みは時に、ドラマに対する意見であると同時に、登場人物たちが我が身に引き比べて反省する材料にもなる。そうした形でつながっている「私たち」が主役の小説とも言えるだろう。
作者の名はよく知られており今さら説明の必要もないと思うが、かねてよりエッセイストとしても高く評価されていた。『社会人大学人見知り学部卒業見込』(角川文庫)などの著書があり、柔和に語られる辛辣な本音や、それを表現する際の屈折したやり方などが面白い。ゆえに小説家デビューを果たしたと聞いても、あまり驚きはなかった。
『青天』の舞台は2001年の東京に設定されている。主人公のアリこと中村昴は総大三高アメリカンフットボール部の3年生で、引退前に出場する春季大会2回戦であたる名門・遼西学園に同学年の河瀬と共に忍び込み、練習風景を盗撮しようとする。アメフトはフォーメーションが勝敗を分ける競技だから、事前に研究を行えば勝ち目のない戦いでも逆転することができるかもしれない。その成果を元に練習を重ねた総大三高アメフト部だったが、名門の壁はやはり高く、惨敗してしまう。
アメフトは力の限りぶつかる競技でもあり、冴えない日々を送る主人公がそれに打ち込もうとする、かなり王道の青春小説だ。さすがに競技経験者が書いているだけあって、練習や試合の場面は臨場感があって非常に読み応えがある。単に動きが描かれるだけではなく、その中で主人公の心中を去来する思いが克明に描かれるのが面白い。行動と同期する思惟こそ本作最大の魅力と言っていいだろう。正直に言えば試合以外の日常パートには特に感心するような箇所はなく、落差があることは気になった。
著名人が候補になるたびに繰り返しているが、決して知名度だけで選ばれた作品ではない。ただ、デビュー作ではなく2作目が書けてから候補にしてもよかったかも、とは思う。
今回は一強で、蝉谷めぐ実『見えるか保己一』はまず間違いなく受賞すると思う。実在の事件や人物を題材にした作品は常に、歴史そのままなのか、それを小説にした意味があるのか、という点が問われる。本作の場合、塙保己一神話の解体と再構築そのものが主題になった作品であり、さらにそれを読者に示すに当たっては小説という表現形式でやることに意味がある。蝉谷はミステリーの技法を使いこなす作家であるが、プロットのひねりが本作を読んでいく上での楽しみにもなっているのである。脇を固める登場人物にも個性的なキャラクターが多く、むしろ保己一以上に輝いている。どこからどう見ても疵のない一作だ。
では同時受賞はありうるか、ということになると思う。『見えるか保己一』と共に推したいのは朝倉かすみ『けんぐゎい』である。こちらは時代小説の形を借りて現代を照射する作品になっており、この時代を生きる読者に与えてくれるものは極めて大きい。口語的な語りを軸とした語りが技巧として中心にある主題を装飾して力を付与するものになっているか、それとも遮蔽物になってしまっているか、という点は議論が分かれるのではないかと思う。また濃密な第1、2部に比べて3部がやや急いでいる印象なのが減点材料になるかもしれない。前半の濃密さで最後まで書き切ってもらいたかった、という選考委員もいそうだ。『見えるか保己一』と並んだときに、時代小説が2つになってしまうという不利条件もあるか。
これに次ぐのが凪良ゆう『多類婚姻譚』で、現代人、特に女性の心情をよく代弁しており、読者の共感を強く集める小説である。ただ、会話にネットの議論そのままのような生の情報が入っている話も多く、そこは小説ならではの処理が欲しかったと私は思った。5作の中には非常に優れた短篇もあり、そこに加点する選考委員は出る可能性がある。
初候補の他2作は、残念ながら上の3作ほどの強さはないように感じた。『#台所のあるところ』はいつもの原田ひ香作品が持つ高水準の作品である。それに加えて今回は作中作で描かれるテレビドラマが登場人物たちの人生に影響を及ぼすという趣向があって、そこも面白い。ただ、切れ切れに描かれる連続ドラマは、それ単体で観たときにさほど面白いものとは思えず、ごくありふれた内容だと感じた。ごくありふれた内容だから、ハッシュタグをつけて語る人が続出するわけなのだが。この点を、作品の独創性を減じていると評価する選考委員が出ることもあるかと思う。
『青天』はアメフト場面だけだったら二重丸をつけられる内容である。スポーツ小説としては非常に面白いと思うのだが、それ以上のものは残念ながら見いだせない。今回は顔見せということになるのではないかと思う。エッセイに登場する若林正恭は非常に魅力的なので、芸人としての雌伏期などを書いてくれたら、ファンならずとも大喜びすると思うのだが。
いずれにせよ結論が出るのは7月15日である。楽しみに待ちたい。
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