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明治初期の空気感を反映したトリックを楽しめる「姫君と侍女」など谷津矢車が薦める新刊文庫3点

谷津矢車が薦める文庫この新刊!

  1. 『姫君と侍女 明治東京なぞとき主従』 伊勢村朱音(あかね)著 角川文庫 704円
  2. 『観相同心早瀬菊之丞』 早見俊著 徳間文庫 792円
  3. 『神奈川宿 雷屋(いかずちや)』 中島要著 光文社文庫 748円

 今回は「最近始まった新シリーズ、または単巻時代小説」をテーマに選出。

 時は明治初期、絵を描くのが好きな少女佳代が、奉公先の旧大名家の姫、雪姫に侍女として仕えることに端を発する(1)は、天真爛漫(てんしんらんまん)な佳代と、沈着冷静でどこか物憂げな美少女雪姫の心温まる交流と、明治初期の空気感を反映したトリックを有するバディミステリ的展開が軽快に綴(つづ)られる。本作がデビュー作の由。今後のご活躍が楽しみな作家さんである。

 数々のシリーズ作品で知られる著者による(2)は短編時代ミステリ集である。何といっても探偵役の早瀬菊之丞がいい。観相(人相見)を特技にした南町奉行所定町廻(じょうまちまわ)り同心で、体格が力士のように大きく歌舞伎の悪役のようにいかめしい顔立ちと描写される菊之丞は、探偵役として確固たる存在感がある。そんな菊之丞の出会うバラエティ豊かな事件の数々は、時代小説ファンのみならずミステリファンも唸(うな)ること請け合い。

 着物始末暦シリーズ(ハルキ文庫)などの時代小説作品で知られる著者による(3)は、神奈川宿の茶店・雷屋で働く薄幸の女中、お実乃を探偵役に据えた長編時代ミステリ。もぐりの宿としても営業している雷屋で次々に起こる宿泊客の怪死、次々に現れる怪しい人々に翻弄(ほんろう)されるお実乃の姿が、風雲急を告げる幕末期の世相を織り交ぜつつ描かれる。足下を揺るがすような事件の真相と、お実乃の強く温かな決心が、ふくよかな余韻を読む者に与える。=朝日新聞2022年9月10日掲載