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小熊英二「基礎からわかる 論文の書き方」 学問の根源に即して説明

 「基礎」と名がつく探究は、必ずしも「入門」を意味しない。例えば、数学の土台である「数学基礎論」は、初歩的どころか最高難度だ。最近は、大学で「論理的な文章」の書き方を指導することも多いと聞くが、本書の内容は、科学とは、学術とはなにかといった、つまり科学基礎論的な部分まで含んだ広範なものだ。正直、最初、読者として怯(ひる)む部分もあった。しかし、480ページに及ぶ旅を辿(たど)ると、むしろ簡潔で、見晴らしがよいのである。

 どんな主題を設定し、どんな対象を扱い、どんな方法を用い、構成し、文章に落とし込むかを、分野にかかわらず通用する大きな流れとして見ながらも、様々な学問体系(ディシプリン)で違う点を、それぞれの根源に即して説明しようとする。これは本書の白眉(はくび)たる部分だろう。俯瞰(ふかん)する視点を持ちつつ、個々の関心に応じたライティングを実践することで、著者が言う論文の根幹、「人間が一人でやれることには限界がある。だから書いて、公表し、他人と対話する」ということが、より深く納得できるようにも思う。

 野心的な試みが成立しえたのは、おそらく大学という場で「教養課程」相当の学生たちと相対してきたがゆえだろう。自らの関心がどんな分野に近いかまだはっきり自覚していない学生たちに対して、まず教員自身が広く基礎を意識する必要があった。その上で個別の分野を意識した「全方位対応」を行わざるをえない。より専門的には「ここはXX教授が詳しい」と紹介することもある。いずれ専門分野で出会う教員たちの指導も含めて、講義は完結する。

 一方、読者の多くは、既に卒論を書いたことがあったり、経験の中で「根拠と論理をもって説明する」論文相当の技術を身につけた人だろうから、本書は「学び直し」の機会を提供するものだ。丁寧に付けられた注や文献は、学生にとっての「XX教授」に相当する。本書が見せる景観に刺激を受けたなら、さらに自力で進む道も示されている。=朝日新聞2022年9月17日掲載
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 講談社現代新書・1320円=6刷3万1千部。5月刊。担当者は「学生を読者の中心に想定していたが、実際は社会人からの反響が大きい。幅広い年代が手に取っている」。