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大村幸弘、篠原千絵著「ヒッタイトに魅せられて 考古学者に漫画家が質問!!」 学問の楽しさと誠実さに心躍る

『ヒッタイトに魅せられて』

 考古学者が人類にとって必要なのは、この世界でなにが起きていたのかということを、あらゆる証拠探しと論理的思考力を駆使して解き明かしてくれる存在だからだ。ここ数年あるいは数十年の間でも、文書や記録がなくなったり、諍(いさか)いの歴史の記録が力を失ったり、人々はおなじ失敗を繰り返している。

 しかし、長大な「時間」を遡(さかのぼ)れる考古学者ならなんとかしてくれそうな気がする。肝心なのは我々が聞く耳を持てるかどうかだ。

 本書はおよそ3500年以上前に現在のトルコを中心として存在していたヒッタイト帝国を調査・研究しつづける考古学者・大村幸弘(さちひろ)先生に、ヒッタイトを舞台とした漫画『天(そら)は赤い河のほとり』を描いた篠原千絵先生がインタビューする形で進行する。篠原先生といえば、『闇のパープル・アイ』や『海の闇、月の影』などでも知られる少女漫画界の巨匠だが、『天は赤い河のほとり』はおよそ8年かけて構想が練られた作品。ヒッタイトに関する資料を熟覧している。

 この本に読者をぐいぐい惹(ひ)きこむ不思議な力があるのは、専門家に対して「なにも知らない人」ではなく「かなり知っている」篠原先生がインタビューしているからだ。詳しい人同士の難しい話になるのではなく、両者ともが読者を意識した平易な言葉と説明で対話しているので、無駄のない心地よささえ感じる。

 大村「じつは最近、カマン(=カマン・カレホユック遺跡)でオリーブオイルを使いだす前に使用されていた油が見つかったんです。その油の使用を追いかけていったらギリシアのほうでも見つかっているとか」

 篠原「油!? 油はどのような形で出土するんですか?」

 大村「油そのものではなく、油を搾るために使用された種からです」

 素人だと出土のあり方の質問は出てこないが、資料を読み込んできた人ならではの質問ばかり。かゆいところに手が届く。

 本書は主に前半が一筋縄ではいかない大村先生の研究者としての歩み、後半がヒッタイトの謎、特に大村先生が専門とする製鉄の技術を中心とした話で構成される。古代では鉄を持つことが、現代における核保有レベルの脅威だったこと、そして製鉄の技術が周辺諸国とのパワーバランスすら変化させていたことなどは、現代の話を読んでいるようだ。ではこのヒッタイトはなぜ滅んだのか。

 考古学者は拙速に結論を出すのではなく誠実であるべきだと語る大村先生は、過去に提唱した仮説を捨て、最新の発見から現在の仮説を語り始める。この姿勢はそのままいまを生きる私たちへのメッセージにもなる。学問の楽しさと誠実さに心躍る対話だ。=朝日新聞2022年12月17日掲載

    ◇

 山川出版社・1980円。考古学者・大村氏の著書は『鉄を生みだした帝国』など。漫画家・篠原氏の『天は赤い河のほとり』は1995年から2002年まで連載され、全28巻。