コロナで中止、3年ぶり上演
――製作発表会見で、中川さんは馬に乗っての登場でしたね。
はい。リハーサルは念入りに行ったのですが、当日は200人ほどのお客様がいらっしゃって、お馬さんも圧倒されたのか、定位置までなかなか進んでくれず、後ずさりをして……。ドキドキハラハラの会見でしたが、本物のお馬さんに触れ合ったことで、役作りをする上でのインスピレーションが湧きました。
一度信頼関係を築ければ、忠実で頼もしい動物ですが、一方で、とても繊細なんですよね。威圧するだけではダメだし、ある程度手綱を引っ張らないといけない。その辺りの感覚をリアルに体感できました。
――本来は2020年4月に上演予定でしたが、コロナ禍で全公演中止に。およそ3年を経て、再び動き出します。どのような心境ですか?
嬉しい、楽しい、難しいという気持ちです。本作はオリジナルミュージカルなので、オリジナルを生み出すからこそ味わえる喜びと苦労があって、これまで携わってきた作品や稽古場とはまた少し違う気がします。幕が開いて、お客様からちゃんと評価をいただいて、これらの思いが報われる。そう思いながら日々稽古に励んでいます。
――予期せぬ中止ではありましたが、およそ3年という時間の中で、育まれたものや見つかったものはありましたか?
たくさんありますね。正直な話、3年前はチェーザレ・ボルジアという実在した人物がどういう人間なのか、知識も含めて追いついていなかったと思います。でも、惣領冬実先生が描かれた原作と、荻田浩一先生が書かれた台本と再び向き合う中で、一つ一つ学びを深めて、チェーザレという人物を自分の中に落とし込むことができるようになったと感じています。
チェーザレ・ボルジアは歴史上、独裁者という扱いをされているようですが、惣領先生が描いた若かりし頃のチェーザレは、青年らしく悩み、葛藤していて、いわゆる独裁者のイメージとは少し違う印象を受けるんです。
私たちの暮らすこの世界が、誰にとっても豊かで、生きがいのある世界であるためには、どういう指導者やリーダーが必要なのか。チェーザレはかつての偉人たち(物語の中では、ダンテ・アリギエーリがその辺を担っている役として描かれてますけれども)から、また、自分の名前でもあるカエサルという人がヨーロッパをまとめたという歴史から、今の自分自身を見つめ、未来を思い描くわけです。このように、3年間で、物語を俯瞰的に見ることができるようになったなと思います。
夢を抱いた若者たちの群像劇
――改めて原作を読まれた感想を教えてください。
僕の勉強不足でもあるのですが、ある程度の歴史の流れを頭の中に入れてから読まないと、ページを行ったり来たりする必要が確かにあると思います。ただ、それは惣領先生が膨大な時間をかけて、この物語を構想し、リサーチを重ねて、作品を描かれたということでもあると思うんです。
チェーザレが若かりし頃を過ごした街や建物の描写がすごく細かくて。この作品を描くために、惣領先生はどれほど時空を超えていかれたんだろう。どれほどのピースをかき集めて、絵を描かれたのだろう。そう思わずにはいられない緻密さがあります。
――そんな『チェーザレ』をミュージカルにするということで、その難しさや面白さを感じられていると思います。中川さんが感じる本作の見どころは?
僕は普段、ブロードウェイミュージカルや韓国ミュージカルへの出演が多いんです。これらの作品は上演を重ねているものがほとんどなので、上演を重ねれば重ねるだけ、“進化”あるいは“深化”している。誤解を恐れず言えば、目指すべき“お手本”があるので、あまりこねくり回さない方がうまくいくんだなとここ数年感じているんですね。
一方のオリジナルミュージカルは、ゼロから作り上げていく必要があるわけです。本来上演予定だった2020年は、時間も限られていた上、とにかくやらなければいけないことがたくさんあったので、みんな無我夢中でした。でも今は、あらゆる角度から作品を見たり、すくいきれなかったものをすくってみたりする時間がある。だからこそ1シーン1シーンへの思い入れも深くなって、全部が見どころと言いたいです。
自分はどう生きていきたいのか。反骨精神を持った若者たちが夢を抱いて、生きていく姿は、今を生きる私たちともどこか重なるものがあります。チェーザレという人間にフォーカスを当ててはいますが、登場人物たちそれぞれのストーリーも重厚で、群像劇とも言えるのかなと思っています。
「出会い」が人生を素敵にしてくれる
――観劇に来られた方に、どんなことを感じてほしいですか。
先日、三谷幸喜さんがNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』で「第70回菊池寛賞」を受賞されたニュースを見ました。そのときに三谷さんが「菊池先生は大衆が何を求めているかをずっと考えていたと思います。それは僕のテーマでもあり、そんなクリエイターでいたいと思っています」といった趣旨のお話をされたんですよ。『鎌倉殿の13人』も、史実がベースにありながら、一般大衆の目線で描いた、と。
その話を聞いたとき、「作家である方々が自ら大衆の目線を持って歴史を見たときに、こんなにも豊かな作品となって、私たちの手元に届くんだ」と感じたんです。と同時に、この「チェーザレ」という作品もそうだなと思いました。
僕もこの作品に出会わなかったら、チェーザレ・ボルジアという人物のことも、惣領冬実先生のことも、きっと知らなかったと思うんです。知らないものに出会えることって、素敵じゃないですか。まさにそうした出会いが人生を特別なものにしてくれると思うんですよ。ぜひ惣領先生が描きたかったこと、そして僕たちが伝えたかったことを劇場で感じてもらえたら嬉しいです。