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稲田俊輔「キッチンが呼んでる!」 何を食べても何かを思い出す

 「どんなものを食べているか教えてほしい。あなたがどんな人か当ててみせよう」とは、美食家ブリアサヴァランの言葉だ。では、南インド料理の人気店を手がける料理人、稲田俊輔さんの初めての小説『キッチンが呼んでる!』の主人公「わたし」はどうかというと――。
 クミンと唐辛子の香りを炒め油に移したかぐわしいチキンカレーや、焼いた麦味噌(みそ)を丁寧に溶いた冷や汁をさらりと料理して一人舌鼓を打ったかと思えば、テイクアウトしたフライドチキンの皮で残りご飯を包んでほおばり、やはりご満悦。

 どんな人もなにも、掛け値なしの食いしん坊と言うしかない。そんな主人公が恋人と別れ、久しぶりの一人暮らしを始めてからの「つくり、食べる」27日間が描かれる。
 自分のためだけに腕を振るった料理はなぜか、誰かと共にした食事の記憶を呼び起こす。かつての恋人は、見よう見まねのインドカレーを「何だか胃腸に良さそうだよね」と平らげてくれた人。「ジャムはね、塗るんじゃないの。のせるのよ」はこだわりの強かった母の言いつけ。
 人は何を食べても何かを思い出す。きょう選んだ一皿がかつて囲んだ食卓につながっているとすれば、美食家の名言もうなずける。そんな思いにかられる一冊だ。(上原佳久)=朝日新聞2023年1月7日掲載