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ネットやスマホ、便利さにおぼれないで 国際ジャーナリスト・堤未果さん@新潟市立山潟中学校

情報の海へと漕(こ)ぎ出す中学生たちに授業を届けた堤未果さん=新潟市立山潟中学校

深刻化する「スマホ中毒」

 「私が最近取材した国でもっとも怖いと感じたのが、これです」

 そう言って堤未果さんはプロジェクターで映像を映し出した。10代らしき子どもたちが、軍隊まがいの厳しいトレーニングをさせられている。頭に大量の電極を付けられている姿には不気味さすら感じる。画面に釘付けになった生徒たちが、マスクの下で表情を固くする。

 「みなさんと同世代の中高生が親によって強制的に入れられている、中国のある合宿の様子です。実はこの子たちはスマホ中毒で、家族から強制的に離され『更生』させられているのです」と堤さん。スマホ中毒になると脳のある部分が縮んでしまうとされ、子どもたちは電極をつけて毎日それをチェックされている。「脳は一度萎縮してしまうと元には戻らない。特に成長過程にある若い人たちにとっては非常に深刻な問題なのです」

 一方アメリカでは、あるときから10代の若者の自殺が急増したという。実はその前兆として、「孤独」「自分が周囲から浮いている気がする」と感じる若者が増え始めていた。堤さんは言う。「2003年、スマートフォンが発売されてから、こういう状況が起きるようになりました」

 ここでボードに一人の男性の姿が映し出された。「この人、ジャスティン・ローゼンスタインさんはアメリカの非常に優秀なエンジニアで、ものすごい発明をしました。しかし今、『僕がやったことは人生最大の失敗だった。特に子どもたちに謝りたい』とざんげしている。彼は何をしたのか? Facebookの『いいね!』と『悪いね!』のボタンを開発したのです」

 自分の投稿に「いいね!」がつくと承認欲求が満たされ、もっと欲しくなる。逆に「悪いね!」を押されると不安になり、次こそは「いいね!」をもらおうと躍起になる。そうして感情をコントロールされると麻薬のようにSNSをやめられなくなり、人は中毒に陥る。

 「もう一人、『特に10代は気をつけて』と警鐘を鳴らしている人がいます」

 それはトリスタン・ハリス氏。Googleの検索エンジンを開発した張本人が、なぜ若者に注意を促すのか。

 「Google検索をすると、すぐに答えが出ます。人間の脳は、それに慣れてしまうとスピード中毒になり、すぐ答えが出ないとイラッとするようになってしまう。すると、たとえば同じクラスに勉強についてこられない人、すぐに理解できない人がいると、『おせーんだよ』とイライラする。駅やスーパーでお年寄りが支払いに時間がかかっていると、やっぱりイライラ。また、すぐに答えが出るから自分で何も考えられなくなる。感情や考え方までもコントロールされるようになってしまうのです」

 すぐに答えが出る、買い物したものがすぐに届く、SNSでいろんな人とつながることができる……。とても便利だ。しかし、開発した本人たちが注意を呼びかけるほど危険な中毒性があるのだ。

スマホとのつきあい方について講義する堤未果さん=新潟市立山潟中学校

「タダ」の見返りは個人情報

 さらに、サービスを提供するのは民間企業。ユーザーはタダで利用できるのに、どうやって収益を上げているのか? ネットを見ていて、「なんで私が今これが必要だとわかったんだろう?」と感じた経験は誰にでもあるだろう。堤さんは2匹の愛猫のフードが切れるまさにそのタイミングで、ネットにその商品の広告が提示され驚いたことがあったという。

 「テレビCMで不特定多数の人に向けて広告を打つよりも、私の猫のフードが切れそうなときに私に対して広告を出したら私は100パーセント買う。とても効果的ですよね。ネットで検索したり買い物したりすると、誰がいつどんなものを買ったのか、移動に電車を使ったのかバスを使ったのか、家族は何人で好きな食べ物は何か、といった個人データがどんどん蓄積されていく。検索エンジンやSNSを運営する会社は、膨大な量の個人のデータを売って稼いでいるのです」

 スマホやSNSを開発し莫大な利益を得ている企業。堤さんが次に語った言葉は、さらに衝撃的だった。

 「これらの会社のトップたちは、みな口をそろえてこう言いました。『自分の子どもには、スマホもタブレットもインターネットも触らせません』」

 生徒たちは「え……」「なんで?」と驚きを隠さない。

 堤さんはこう続ける。「インターネットばかりやっていると、人の目や顔を見て会話ができなくなる。すると人の感情がわからなくなり、コミュニケーション能力が身につかないから――。それがトップたちの言い分だったのです」

 新型コロナウイルスが猛威をふるい、世界中で学校が閉鎖されオンライン授業が余儀なくされた。日本では「教科書は基本、デジタル化を進める」と政府が見解を示している。「もちろん便利なこともたくさんあります。でも、本当にそれでいいんでしょうか?」と堤さん。フランスではデジタル化が子どもたちの記憶力や集中力、学力の低下を招く可能性があると保護者や教師から反対の声が上がったことなどを紹介。「世界ではこういう動きがある、と知っておいてほしい」と堤さん。

 とはいえ、授業を受けた中学生たちはネットに触れずに生きていくわけにはいかない。どうすれば?

 たとえば、ネットユーザーの圧倒的多数が検索エンジンとしてGoogleを利用している。「検索するとき、同じワードを入力しても調べる人によって一番上に出てくる結果は違う。先ほども触れましたが、それはGoogleがユーザーのデータに基づいて答えを出しているから。また、広告を出している企業の商品が売れるように検索結果の順番を変えることもある。だからこそ、上の方に上がってくる結果が必ずしも『正解』とは限らない。答えを急がずに、どんどんスクロールして次のページ、その次と見て、いろんな情報、答えがあると確認してほしい」

求められる「想像する力」「待つ力」「問う力」

 最近は、ユーザーの履歴やデータを集積しない検索エンジンもある、と堤さんは紹介する。「学校の授業で、調べ物に新聞を使うときはいろんな新聞を見るようにと習ったと思います。同じように、いろんな検索ソースを使い、データを取るメディアと取らないメディアでは結果にどんな違いがあるのか。自分で考えることがとても大事です」

 堤さんは、「ネットにコントロールされず、自分のことを見失ったり嫌いになったりすることなく、やりたいことを見つけて幸せになるために、『三つの力』を持っていてほしい」と生徒たちに語りかけた。

 一つ目は「想像する力」。自分とは正反対の意見の人がいたとして、その人の立場だったら?と想像する。また、Googleで検索しても表示されない大事なニュースが世界にはあるのかもしれない、と想像する。二つ目は「待つ力」。「他人だけでなく、自分のことも待つことができれば、他人も自分も信じられるようになる。信じる力を持てると、人は本当に幸せになることができます」。最後は「問う力」。ネットで検索できる「答え」は本当のところどうなの、何か別の解決方法はないのかな、と問う力。「どれだけデジタル技術が進化しても、問うことはAIにもできません。人間だけができること」

 この日の参加者の多くは図書委員。本が好き、本が身近な存在という生徒たちに、堤さんはこんなメッセージを送った。

 「デジタルが主流になる中、これからは紙の本が『宝物』になっていきます。できるだけいい本を片っ端から読んでください。そうすれば、デジタルがどれだけ発達しても怖いものはなくなる。デジタルを自ら使いこなすことで、やりたいことを叶え、社会も自分たちの手で変えられる。そういう日が必ずやってくるから」

授業に集中する生徒たち=新潟市立山潟中学校

生徒たちの感想は……

岩佐由衣香さん(2年)「Googleの検索エンジンを開発した人が注意を呼びかけている、という話は驚きでした。スマホは気づくとずっと使ってしまうことがありますが、これからは使う場面を考えていきたいと思いました」

鹿間智行さん(1年)「ネットの履歴を見られて広告も出されているという話は、怖いなと思いました。まだスマホは持っていませんが、付き合い方、使い方を考えるきっかけになりました」

前田栞里さん(3年)「『やめよう』と思ってもなかなかスマホをやめられないことがあります。そういう時にどうやったらやめられるのか、堤さんに聞いてみたいと思いました」