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刑部芳則さん「洋装の日本史」インタビュー 明治の女学生が転換点に

刑部芳則さん

 ダブルの略礼服に白いちょうネクタイがトレードマーク。「成人した時に作りました。服装は公私の区別をつけるもの。背広が普段着なので、講演や発表、メディアに出る時はいつもこの姿です」と話す。

 専門は日本近現代史。小さい頃から時代劇や歴史が好きで、「なぜちょんまげはなくなったんだろう、なぜ日本の女性は洋服を着るようになったんだろうとずっと考えてきた」

 本書では、明治期の欧化政策や関東大震災の教訓、終戦後のアメリカ文化の導入が洋装の普及に強い影響を与えたとする従来説を一蹴。明治期に高等女学校の生徒が着た「着物に袴(はかま)姿」が転換点と主張する。

 明治天皇の后(きさき)の昭憲皇太后が明治20(1887)年に発表した思食書(おぼしめししょ)で洋装を勧めたのをきっかけに、衣服改良運動が広がってゆくが、その過程で、女性用の着物と袴という組み合わせが洋服の代用として誕生する。「大正時代になると、それが洋式の上着とスカートという組み合わせに変化するのですが、それらはいずれも高等女学校の生徒が好んで身につけた。彼女らは女学校卒業後も和服ではなく洋服を普段から着るようになる。女学生を軸として、日本女性の洋装は進んでいったのです」

 このほか、昭和7(1932)年におきた東京・日本橋の白木屋火災をきっかけに女性の下着が普及したという説などを、矛盾する史料を示して「支離滅裂」と切って捨てる。「こうした根拠のない誤った説が、服飾史や家政史の世界ではいまだに生き残っている。でも、事実は異なるので、それを一般の人に知ってもらいたくて、この本を書きました」

 テレビドラマなどの時代考証にも力を注ぐ。「たとえば戦前の喫茶店にメニューはあったのか。無料の水は出たのか。調べることで、知識を得るのが楽しいんです」
(文・宮代栄一 写真・門間新弥)=朝日新聞2023年2月4日掲載