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「インヴェンション・オブ・サウンド」書評 夢と欲望 小説的恍惚を味わう

評者: 江南亜美子 / 朝⽇新聞掲載:2023年03月25日
インヴェンション・オブ・サウンド 著者:チャック・パラニューク 出版社:早川書房 ジャンル:欧米の小説・文学

ISBN: 9784152102003
発売⽇: 2023/01/24
サイズ: 19cm/255p

「インヴェンション・オブ・サウンド」 [著]チャック・パラニューク

 著者の名を知らずとも、「ファイト・クラブ」に聞き覚えがある人は少なくないはずだ。若き日のブラッド・ピットの映画――女性嫌悪と有害な男性性というその後の社会問題を先取りしたヒット作の、原作者がパラニュークである。本書もまた(読者によっては嫌悪感を催すだろう)意外性に富む小説的アイデアとパワフルな筆致で、社会の攪乱(かくらん)を目論(もくろ)む人々を描きだす。
 主人公はふたり。フォスターは17年前に失踪した娘を探し、日々ダークウェブの小児性愛者が映るサイトをパトロールする。積年の憎悪は私刑という行動へ発展。独断から罪のない父娘に危害を加えることもある。ミッツィはハリウッド映画の名うての音響効果技師で、なかでも誰もがリアルと感じる悲鳴作りに定評がある。彼女の夢は「同じタイミングで世界の全員に悲鳴を上げさせること」。最高傑作のためにはいかなる努力も惜しまない。
 ハリウッドが舞台である以上、人々は虚栄心と無縁でない。レストランで働きながら女優を夢見る者、ライバルに出し抜かれるのを恐怖するプロデューサー、陰りゆく人気をどうしても再燃させたい往年のスター女優……。個人的欲望が充満する町で、「一足飛びの昇進」の好機をつかんだミッツィが、強力な睡眠薬を片手に仕事に没頭し続ける理由は別にある。強権的父性へのいびつな復讐(ふくしゅう)心だ。
 ふたつの人生がやがて交錯するとき、惰性的なぬるい秩序下にあった世界は、ある強大なパワーに支配される。「人々の情緒反応を兵器化した」。それは快楽的な破壊衝動なのか、社会変革のためのテロなのか?
 著者は本作で、読者の心拍数を速め、覚醒できない悪夢に似た不安定さを感じさせることに成功した。場面の高速切り替えと、時間軸の巧みな操作。破格のストーリーから、家族という枷(かせ)に囚(とら)われる主人公たちの悲哀も染み出してくる。パラニューク節、ここにあり。小説的恍惚(こうこつ)を味わえる。
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Chuk Palahniuk 1962年生まれ。作家。著書に『サバイバー』『インヴィジブル・モンスターズ』など。