ISBN: 9784120056529
発売⽇: 2023/04/20
サイズ: 20cm/371p
「台湾漫遊鉄道のふたり」 [著]楊双子
〈どうあっても、一度台湾に行かねばなるまい〉
そう決意した若き作家・青山千鶴子が、南国、台湾に上陸したのは昭和十三年五月。そこから約一年にわたる「漫遊」が綴(つづ)られていく。日本の統治下にあった時代の台湾の様子が活写され、読者もまた新鮮な驚きと興味に心惹(ひ)かれること確実の物語だ。
「ほとんど妖怪ですよ!」と揶揄(やゆ)される食欲を持つ千鶴子が目を奪われる食べものは、いかにも旨(うま)そうで、その地の民俗風土を深く知るには「生活」することが重要だという彼女の持論にも納得させられる。
当初はお仕着せの行程に従っていたものの、次第に不満を募らせていく千鶴子の様子を察し、専属通訳として日本人婦人会が手配したのが、四つ年下の本島(台湾)人、王千鶴だった。
かくして「生活」を実践すべく千鶴子が台中に借りた日本式の家を拠点とし、幹線鉄道である「台湾縦貫鉄道」を軸として、ふたりは各地を旅してまわる。珍しい景色に興奮し、美食に喜び、感興の赴くまま動く千鶴子に対し、千鶴は万全のサポートを行う。日本語の通訳のみならず、千鶴子の食事の世話も滞りなく、旅の手配も完璧。手先は器用で所作は美しく教養もある。気をよくした千鶴子は友達になろうとはしゃぎ、親友だと思っていると頻繁に好意を口にし、着物を贈り日本へ行こうとも誘う。
しかし季節が廻(めぐ)り新年を迎えて間もなく、千鶴は千鶴子が態度を変えなければ通訳を辞めなければならない、と言い出す。常に感謝を表し、大切に接してきたつもりなのに何故(なぜ)――?
本書で描かれる「旅」は、強い衝撃を受けた千鶴子がこの「どうして?」を追求していくことから始まるとも言える。複雑な台湾の時代背景。ふたりの生い立ち。更に作品に施されたとある企(たくら)みと試みが、見たことのない景色を楽しんでいた読者を更なる迷宮へと誘い込む。其々(それぞれ)の「心の旅」がある。
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よう・ふたご 1984年生まれ。小説家。双子の姉で、楊双子は亡き妹との共同筆名。著書に『花開時節』(未邦訳)など。