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甘耀明さん「真の人間になる」インタビュー 恨みと怒り、衝突の先に

甘耀明さん

 1945年9月、台湾の中部にある三叉(サンチャ)山に米軍機が墜落した。救援のため日本人と台湾人による救助隊が結成され、山に向かったが、直後に台風が島を襲い、救助隊26人と米軍機に乗っていた米兵ら25人が死亡した。

 歴史に埋もれていた「三叉山事件」と呼ばれるこの事故を、20年ほど前に知った。終戦直後、強い緊張関係にあった台湾人と日本人が協力し、敵だった米国人らを助けようとした。そんな事実に、「創作者として魅力を感じた」という。

 『神秘列車』などで知られる人気作家だが、地元紙の記者だったこともある。資料を発掘し、遺族ら関係者にも取材。長年の構想を経て、小説『真の人間になる』が誕生した。

 主人公は、三叉山で育ったブヌン族の少年、ハルムト。幼なじみで初恋の相手でもある少年、ハイヌナンとともに山を下りて街の学校に通うが、ハイヌナンは米軍の爆撃で亡くなってしまう。失意の中、故郷に戻ったハルムトは米軍機の墜落を知り、救助に向かう。

 漢民族からは原住民として異類視され、日本人からは被支配者として迫害され、米国人からは敵国人として攻撃された。ハルムトの積み重なった「恨み」は、米兵のトーマスと出会ったことで顔を現す。戦争捕虜だったトーマスもまた、激しい怒りを抱えていた。「2人の深い、人間的な衝突を描きたかった。恨みは人生の動力になり得るが、人を悪魔に変えることもできる。その恨みを超える結末にしたかった」

 書名の「真の人間」には「自分を受け入れ、愛することができる人」という意味も込めたという。凄惨(せいさん)な救出劇の中、真の人間になろうともがくハルムトの闘いは、国家や民族の争いの続く現実世界に一筋の希望を与えてくれる。(文・守真弓 写真・小山幸佑)=朝日新聞2023年9月2日掲載