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「海を渡った天才博物画家 伊藤熊太郎 謎に包まれた金魚図譜を追って」福地毅彦さんインタビュー 科学的で芸術的な魅力も

福地毅彦さん

 明治中期から昭和初期、魚類図を超絶技巧で描いた伊藤熊太郎の実像に迫った。熊太郎は米国の海洋調査船に乗船し、描いた数百点の博物画が米スミソニアン博物館に収蔵されている。にもかかわらず、まとまった研究や伝記もない「幻の博物画家」だ。

 「描写が正確で科学的なだけでなく、芸術的な魅力もある。忘れられた理由のひとつは、多くの画工と同じく、作品に署名がなく、名前が残らなかったからではないか」

 自身も魚好き。東海大学の海洋学部で学んだ。卒業後、貿易会社の経営などをしたが、いまは千葉県立中央博物館の市民研究員として魚類標本の登録管理などをしている。

 熊太郎を知ったきっかけは3年前、テレビで金魚の絵を見たこと。30年以上前に古書店で購入した『魚譜』に描かれた金魚にそっくりだった。31枚の魚の絵がつながった折本(おりほん)だが、作者は不明だった。

 「金魚の頭の肉瘤(にくりゅう)の立体的な描写や尾びれの華麗な線が共通です」。『魚譜』の作者かもしれない。その上、生涯が謎に包まれているという。「好奇心に火がついた」

 熊太郎が関わったと思われる図鑑や残された資料、関連論文、出入国の記録などを調べ、空白を埋めていった。

 「最大の謎は、米国水産局の嘱託として渡米していた約15年間です。当時の活動も、描いた博物画も不明です。せめて、子孫が見つかれば、何か分かるかもしれない」

 『魚譜』は熊太郎作か? 美術の専門家らに話を聞いたが、断定までは至らなかった。ただ、熊太郎の原画や下絵を多く見ている作家の荒俣宏さんは、熊太郎筆で「間違いない」と認めてくれた。さらに「明治期博物学史の一分野にまで照明をあてる」と本書に序文まで寄せてくれた。

 所属する千葉県立中央博物館が「金魚図譜~明治の天才博物画家・伊藤熊太郎」展(来年1月31日~2月8日)を企画した。『魚譜』も展示される。

 「熊太郎が『幻』なのは、一般に作品を直接見る機会がほとんどなかったからでもあります。実物を見れば、もっと研究や評価が進むはず」(文・山盛英司 写真・関口聡)=朝日新聞2025年12月6日掲載