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テレビ局の元特派員が描く30年前のモスクワ「ロシアより愛をこめて」 安田浩一が薦める新刊文庫3点

  1. 『ロシアより愛をこめて あれから30年の絶望と希望』 金平茂紀著 集英社文庫 1056円
  2. 『紛争地の看護師』 白川優子著 小学館文庫 781円
  3. 『笠置シヅ子 昭和の日本を彩った「ブギの女王」一代記』 青山誠著 角川文庫 858円

 (1)「社会主義ソビエト」が崩壊した直後、30年前のモスクワが舞台だ。著者はテレビ局の特派員として同地で3年間を過ごした。当時、ロシアは混乱のさなかにあった。治安は悪化し、汚職も横行していた。時代の変化に即応できぬ人々の不満も渦巻く。激動の時代。著者はひたすら街を駆ける。人々の日常を記録する。怒りと悲しみに満ちた風景が浮かび上がる。そして30年後――ロシアはウクライナへの侵略戦争を仕掛けた。たどり着いた地平に絶望しながら、それでも著者は「殺し合い」の不毛を訴える。ロシアからの、いや、ロシアへの愛をこめて。

 (2)“職場”は銃弾が飛び交う危険地域ばかりだ。「国境なき医師団」の看護師として、著者は中東やアフリカの紛争地を渡り歩く。任地に赴けば休む暇もない。負傷者は次々と運ばれてくる。トラブルは日常だ。電気は止まる、水が底をつく。日本にいる恋人は電話口から響く銃声を耳にして以来、よそよそしくなった。それでも現場を離れなかった。銃で撃たれた少年をケアしながら、「戦争は間違っているものだと感じてほしい」と願う。彼女は人を“生かす”戦場で、闘っているのだった。

 (3)朝ドラで注目度が高まる笠置シヅ子は「戦後の復興」を象徴する人物だ。終戦直後、うなだれた人の心に、傷ついた社会に、希望の灯をともした。そんな彼女も、戦時中は「敵性歌手」として当局から睨(にら)まれていたことを本書で知った。波乱に満ちた「ブギの女王」の一代記である。=朝日新聞2023年10月21日掲載