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波津彬子「あらあらかしこ」 構成に翻弄、異世界と現実曖昧に

©波津彬子/小学館

 淡々と日々を過ごしていても、科学では説明がつかない現象が日常に立ち表れることがある。人に話すと、「実は私も……」と、それが呼び水になったりもする。本作は、そんな“不思議”の中でも、温かくて、少し切ない極上の不思議が詰まった著者の新シリーズだ。

 深山杏之介は、憧れの小説家・高村紫汞(しこう)先生と泰然とした猫の櫨染(ろぜん)さんが暮らす家で住み込みの書生をしている。高村家には時折、差出人の名がない手紙が届き、先生はその手紙を取り込んだ随筆を書いている。

 謎めいた高村とまっすぐな深山のキャラクターがいい。手紙には、奈良の奇妙な坂道や北陸の天狗(てんぐ)、弘前の幽霊画の話が雅(みやび)な言葉によって綴(つづ)られており、それを読んだ深山の身にも不可解なことが起きる。高村の随筆だけでなく、本作自体も入れ子構造になっており、その巧みな構成に翻弄(ほんろう)され、異世界と現実の境目が曖昧(あいまい)になってくるような感覚に襲われた。一方、深山が手掛ける家事の描写は、きめ細やかでしっかり現実に立脚しており、不思議なシーンとの緩急も利いている。

 特に印象的だったのは、第一話に収められた縁側のシーンだ。あれほど雄弁に己を物語る背中はなかなかお目にかかれない。=朝日新聞2023年12月2日掲載