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「なれのはて」書評 不完全な人間が刻んだ確かな生

評者: 澤田瞳子 / 朝⽇新聞掲載:2023年12月16日
なれのはて 著者:加藤 シゲアキ 出版社:講談社 ジャンル:小説

ISBN: 9784065331439
発売⽇: 2023/10/25
サイズ: 20cm/443p

「なれのはて」 [著]加藤シゲアキ

 他人について、人はどこまで知っているだろう。配偶者の過去、親兄弟の来し方、祖父母の愛憎。ほんの数十年前の出来事でも、それらは当事者が封じようとすれば、永遠に日の目を見ず、歳月という忘却の淵に沈んでいく。だが過去の出来事がなかったことにされたとて、そこには確かに様々な思いが在ったのだ。
 本作はかつてテレビ報道の最先端に在籍しながらも、あるスクープゆえに不本意な異動を強いられた男を主人公に、謎の画家の生涯と彼を取り巻く一族の謎が解き明かされる長編小説。ただ本作を単純にミステリーと呼ぶことを、私はためらわずにはいられない。そもそも一作だけ発見された絵の作者イサム・イノマタを主人公が追う点から言えば、美術小説ともラベリングし得るし、太平洋戦争に蹂躙(じゅうりん)された人々の葛藤は歴史小説の側面も有する。だが本作がそれら全ての性質を内包しつつもいずれのジャンルにも収まらぬのは、本作の主眼がかつて生きた人の思いを浮き彫りにすることにあるからだ。
 約60年前に発生した殺人事件や出自不明の少年の正体はもちろん、主人公のバディとなる女性とその母の対立、はたまた謎の画家に絵を習っていた少女の思い出にすら、著者は余人には容易にうかがい知れぬ人生の葛藤を与える。
 「人間は皆、不完全な生き物です」。作中、ある女性は手紙にそう記す。登場人物たちはその不完全さゆえに他者と関わり、悲劇を招きもする。だがたとえば因縁の一族の始祖たる猪股兼通の悲劇が妻への愛情ゆえに発生したように、人の悲しみと大いなる喜びは表裏一体なのだ。そして人生とは決して哀(かな)しみばかりで彩られた道ではない事実を、読者は主人公たちの目を通して知ることとなる。
 過去に埋もれた、だが確かに存在した数え切れぬ熱情を描き出すことで、あまねく人間の存在意義にすら光を当てた濃密なる人間讃歌(さんか)である。
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かとう・しげあき 1987年生まれ。アイドルグループ「NEWS」メンバー、作家。著書に『オルタネート』など。