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「わたしは地下鉄です」ほか子どもにオススメの3冊 心温まる、一人一人の物語

「わたしは地下鉄です」

 「わたしは きょうも 走ります」と語るのは、ソウルの地下鉄です。毎日同じ時間、同じ道を、どこかから来てどこかへ行く人たちを乗せて走ります。

 長いイントロとタイトルバック。映像を見るように、絵本の世界に引き込まれていきます。名もない人々は、ほとんどモノクロームで表情もありません。行き交う体は透けるように描かれ、存在も希薄に見えます。でも地下鉄の語る言葉に導かれ、乗客の一人ずつに注目すると、画面は一転、色を帯びます。

 猛ダッシュで駆け込んでくるサラリーマンは、昔は学校一のかけっこの選手。今は可愛い娘と離れがたくて出勤はビリ、退勤だけ全速力です。潮の香りのおばあさんは海人(あま)で、娘が好きなタコと孫娘が好きなアワビを届けたくて急いでいます。

 乗客それぞれに名前があり、家族があり、感情があり、生活の物語があるのです。「名もない人」などどこにもいません。

 地下鉄でスケッチの練習をしながら発想したという絵本。前後の見返しにも象徴されているように、読後は、前より体の内が温かく感じられます。(キム・ヒョウン文・絵、万木森玲(まきもりれい)訳、岩崎書店、1980円、小学校中学年から)【絵本評論家・作家 広松由希子さん】

「モノクロの街の夜明けに」

 独裁政権が人々に服従や我慢を強制し、密告を奨励する。誰になら本心を話せるのかわからなくなり、疑いの目は家族や恋人にも向かう。しかも秘密警察に弱みを握られれば、本書の17歳の主人公のように否応(いやおう)なくスパイ活動をさせられる。愛も自由も信頼も奪われたなんとも恐ろしい状況だが、そこを突破して未来に向かう若者たちが生き生きと描かれているので物語としてぐいぐい読ませる。1989年のルーマニアを舞台にしているが、時空を超えて大切なものは何なのかと作者は問いかけている。(ルータ・セペティス作、野沢佳織訳、岩波書店、2750円、中学生から)【翻訳家 さくまゆみこさん】

「空と星と風の歌」

 夏休みの宿題がきっかけで、フリーライターをしている母の取材に同行し、金洪才(キムホンジェ)さんの話を聞くことになった中学1年生の空奈(そらな)。金さんは、父は朝鮮人で母が日本人という在日朝鮮人二世だ。彼の話を聞いて日本社会にある朝鮮人に対する差別の歴史を知り、空奈はショックを受ける。それ以来、今まで無関心だった国籍や差別について考えるようになった。収録されている他の二つの短編でも、一人一人の違いを認め差別のない社会にするためにどうすればいいのかを考えさせてくれる。(小手鞠るい作、堀川理万子絵、童心社、1430円、小学5年生から)【ちいさいおうち書店店長 越高一夫さん】

林明子さん「しゃぼんだま」復刊 デビュー50周年記念

林明子さん

 絵本作家・林明子さんのデビュー50周年を記念し、林さんの初期作品「しゃぼんだま」(文・小林実、福音館書店)が復刊された。

 「しゃぼんだま」は1975年、月刊絵本「かがくのとも」4月号として出版された。しゃぼんだまの作り方を紹介して、大きさを観察したり、パイプを使って吹いてみたり。手軽な方法でいつまでも遊べる世界へ誘い込む。

 理科の教科書のような印象を与えないのは、夢中で遊ぶ子どもの姿が表情豊かに伝わってくるからだ。かがくのとも編集部の田中健一さんは、「遊んでいる現場を見ている気持ちにさせてくれる。絵から子どもたちの性格や驚きまで伝わってきます」と語る。

 林さんは復刊に寄せて「(文を手がけた科学教育研究家・小林)先生のお陰で、しゃぼんだまの表面の美しさに出会うことができました」とコメントしている。水色、ピンク、黄色……。描かれるしゃぼんだまは、光を受けて虹のようにカラフルな色を持ち、一つとして同じものがない。林さんの徹底した観察眼が光っている。

 田中さんは「絵本を閉じてから、実際に遊んでもらいたい。本と現実の経験を行ったり来たりして楽しんでほしい」と話す。(田中瞳子)=朝日新聞2023年12月30日掲載