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台湾の「今」 民意の動向、歴史、社会を知る 小笠原欣幸

台湾総統選の投票締め切り後に開かれた民衆党の集会に参加する支持者ら=1月13日

 選挙イヤーの先陣を切って1月に台湾総統選挙があった。台湾の有権者が、台湾と周辺の離島を選挙区として台湾のトップを選ぶ。完全に民主的な制度だ。選挙戦の期間中も何の混乱もなく、投開票も整然と行われた。これを中国が認めないことから話は複雑になる。

 最近では中国による台湾への軍事侵攻(台湾有事)の可能性に関心が集まっているが、台湾の政治と台湾の民意を知らずして台湾有事を論じるのは危うさがある。米中の思惑は確かに重要であるが、台湾には台湾の内政のロジックがあって、国際政治の視点だけで見ていると台湾情勢を見誤ることになる。

 民進党政権が継続する一方、議会は与党過半数割れとなったのは、一つの政党や政治勢力の強大化を嫌う、台湾の有権者のバランス感覚が働いた結果である。米中対立の視点からは理解しにくいが、台湾の歴史や社会構造を知っていれば「なるほど」と思うだろう。

 台湾の現状を手っ取り早く知りたいという人にお薦めなのが、野嶋剛『台湾の本音』。「台湾を紐解(ひもと)く」と題して、台湾の国家性、歴史、中台関係、アイデンティティ、日台関係、台湾有事について、読者の疑問に答える形で解説している。コンパクトでわかりやすい。

重層的な来歴

 台湾をもっと知りたいという人には歴史から入るのがよいだろう。若林正丈の名著『台湾の歴史』がちょうどよいタイミングで増補・改題して文庫化された。清朝による統治、日本の植民地統治期から蒋介石の権威主義体制、民主化、そして李登輝政権の終了まで、台湾のアイデンティティの変容を軸に論じている。台北市内の小高い丘に焦点を合わせ、そこに去来した様々な民族の描写は重層的な台湾の来歴を生き生きと伝える。また、民主化転換期の記述は、若林氏の同時代的台湾観察に依拠しており臨場感がある。のちの時代から振り返って書くのとは違う。この時代を、この本を上回る筆力で書くのは難しいだろう。

 中台関係に関心を持つ人に必携なのが、門間理良(りら)『緊迫化する台湾海峡情勢』。これは米中関係が大きく転換した2019~21年の3年間に集中し、台湾情勢・中台関係を詳細に解説する。門間氏は、専門月刊誌「東亜」で「台湾の動向」を15年にわたり執筆してきた。本書が取り上げる期間は、習近平の対台湾演説から始まり、香港情勢、蔡英文再選、新型コロナ禍拡大、バイデン当選、日米共同声明における台湾海峡言及という非常に重要な3年間だ。70年代に形成された台湾を取り巻く国際政治の枠組みが大きく変化したのだ。いまの/これからの台湾海峡情勢を理解するためには、この3年間の出来事を踏まえる必要がある。細かい出来事も網羅しているので事実関係の確認にも便利で、この分野の専門家は手元に置いておくのがお勧めだ。

関心の広がり

 近年の台湾への関心の高まりは、政治よりもむしろ社会や文化に広がっている。同性婚合法化、ジェンダー平等、少数派の権利の尊重の取り組み、多様な社会のありかたなども注目されている。台湾への関心が広がっていくことで、日台の交流も深まってほしい。

 台湾で生活するライター栖来(すみき)ひかりの『台湾りずむ 暮らしを旅する二十四節気』(西日本出版社・1980円)は、台湾の風習、人々の息づかいを軽妙なタッチの文章と豊富なイラストで伝えてくれる。

 台湾が中国との統一を嫌がっているのは、自由と民主主義があたりまえであることに加えて、多文化主義的な台湾のライフスタイルも大きな要因だ。日本のすぐ隣で暮らす人々の思いを受け止めたい。=朝日新聞2024年2月10日掲載