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感情をとらえる筆致に驚嘆する「君の顔では泣けない」 吉田大助が薦める文庫この新刊!

  1. 『君の顔では泣けない』 君嶋彼方(かなた)著 角川文庫 858円
  2. 『余命一年、男をかう』 吉川トリコ著 講談社文庫 869円
  3. 『水たまりで息をする』 高瀬隼子(じゅんこ)著 集英社文庫 594円

 男女の関係性を描く物語は、恋愛や友情を主眼とするものがほとんど。だが、それらと似ているようで異なる感情によっても人は人と結び付く。

 気鋭作家のデビュー長編(1)は、男女入れ替わりモノの最新型。高校一年生の初夏、坂平陸は同級生の水村まなみの体と入れ替わってしまった。〈そして十五年。今に至るまで、一度も体は元に戻っていない〉。恋愛、結婚、出産、家族との別離。他人の人生を歩むことになった二人は励まし合うものの、自分の人生を奪われたという怒りも相手に抱いている。特別な関係を結んだ男女それぞれの感情を、詳細に記述する筆致は驚嘆の一言だ。

 (2)は余命宣告を受けた四十歳独身の会社員・片倉唯が、ホストのリューマに大金を貸すところから始まる物語。唯はやけっぱちで男を一晩だけ買ったつもりだったが、相手は返すと言って聞かない。一時間一万円で七十時間分、唯の行動に付き合うという契約を結び……。中盤で出現する新たな契約の中身にも驚かされるが、すったもんだの末に二人の関係に名前が付きました、の「その後」に語られることこそが本作の真髄だ。

 ある日突然、夫が風呂に入らなくなってしまった。(3)は結婚して十年が経つ夫婦の妻・衣津実の視点から、壊れてゆく日常と共に、関係を維持しようとする姿が描き出されていく。そこに横たわる感情が愛であるならば楽なのに、という主人公の独白は見逃せない。

 三作に記されているのは、当事者自身も簡単に説明することなどできない、「この二人」だけの関係なのだ。=朝日新聞2024年6月15日掲載