あまりの猛暑に蝉(せみ)の声も心なしか元気なく聞こえる。鳴くのはもっぱらオスであり、それはメスにアピールするため。7年ほども地中で過ごし、1週間からせいぜい1カ月の成虫期間につがいの相手を探す。そんな蝉の一生を擬人化して描いたのが本作だ。
蝉を僧侶、鳴き声を念仏になぞらえる。縁あり道連れとなった熊蝉法師(くまぜみほうし)、油蝉(あぶらぜみ)法師、明々法師(みんみんぜみ)。熊が唱える念仏は圧巻だが、盲目の彼は尼僧(メス蝉)に選ばれにくい。それでも「最後の瞬間(とき)まで唱えたらそれを『強い』と見る尼と巡り合えるやもしれん」と希望は捨てない。腹に支障があり長くは唱えられない油、尼僧の前では声が出なくなる気弱な明々。それぞれにハンデを抱えながら“嫁探し”の旅を続ける彼らに天敵や寿命が迫る……。
言葉で説明するとギャグっぽく感じるかもしれない。が、魂のこもった迫力満点の筆致で描かれる蝉の生態には荘厳さすら漂う。空や木々、大地の美しさはもとより、セミファイナル(死にかけの蝉が地面でブブブブとなるやつ)までもが感動的。選ぶ側であるメス視点の物語も美しく、雌雄両視点の物語がひとつに重なり合うラストシーンは、どんなラブロマンスより切実かつ鮮烈な愛と生の発露である。=朝日新聞2024年8月3日掲載