ISBN: 9784065353370
発売⽇: 2024/04/25
サイズ: 13.6×19.4cm/456p
「丹波哲郎 見事な生涯」 [著]野村進
昭和のテレビ世代のわたしにとって、丹波哲郎と聞いて真っ先に浮かぶのはドラマ「キイハンター」や「Gメン'75」で強烈な個性を誇ったハードボイルド・アクション・スターの姿だ。ところが、あるときから丹波は、とうてい同一人物とは思えない言動をおおやけに発信するようになる。人間は死んだら終わりではなく、死後の世界は実在し、自分はそのことを広く伝える「霊界の宣伝マン」だというのだ。映画「007は二度死ぬ」や「砂の器」、「日本沈没」をはじめとする歴史的な名演の数々も色あせていく気がした。
わたしが丹波への関心を取り戻したのは、縁あって佐渡島に通うようになったのがきっかけだ。この地が2・26事件を思想的に主導したとされ死刑となった革命家、北一輝の故郷と知って訪ねた神社の境内で、北の記念碑のすぐ脇に五輪の塔が立っており、解説を読んで驚いた。この塔は蔣介石の右腕だった荘勝人が北家に贈ったものが丹波哲郎のもとに渡り、それが丹波の死後、ふたたび佐渡島へと戻ったのだという。
数奇な巡り合わせと呼ぶしかないが、本書を読んでその背景がわかった。丹波の生涯をめぐる陰の主人公――文中の言葉を借りれば「陰のボス」――と言える丹波の妻、貞子の祖母の姉、つまり大伯母の長男こそがほかでもない北一輝で、貞子も佐渡島から上京して丹波と出会い結ばれる。杉並にあった大邸宅の敷地も北の実弟、北昤吉(れいきち)(多摩美大の初代名誉校長でのちに衆議院議員)から買い取ったものだ。ところがある朝突然、貞子の足が動かなくなった。「脊髄(せきずい)性小児麻痺(まひ)」いわゆる「ポリオ」だった。以来、貞子は生涯を車椅子を頼りに過ごすことになる。
丹波がなぜ、あれほどまでに霊界にはまっていったのか? 「きっかけは、身内に起こったちょっとしたアクシデントであったが、なぜそのようなアクシデントが起きるのか、人間の内面を深く知りたいと思った」(丹波)ことにあったのではないか――そう著者は推測する。ほかにも本書ではまるでその場に居合わせたのではないか、というほど細やかな取材や資料の読み解きにもとづき丹波の生涯が生き直される。まるで走馬灯のように。
それで思い出した。霊界とは無縁に思えた北一輝も、妻すず子を介して告げられた霊界との交流記録を『霊告日記』として逮捕される直前まで書き残していた。北は「魔王」の異名で知られた。「閻魔(えんま)様が見ておるぞ」――俗人をそう戒めた俳優の革命児、丹波にも、もしかしたらその名がふさわしいのではないか。
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のむら・すすむ 1956年生まれ。ノンフィクションライター、拓殖大国際学部教授。在日コリアンの世界を描いた『コリアン世界の旅』で大宅壮一ノンフィクション賞、講談社ノンフィクション賞。