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「女性たちの韓国近現代史」書評 教科書的記述と異なる交流の姿

評者: 前田健太郎 / 朝⽇新聞掲載:2024年12月07日
女性たちの韓国近現代史:開国から「キム・ジヨン」まで 著者:崔誠姫 出版社:慶應義塾大学出版会 ジャンル:女性学

ISBN: 9784766429893
発売⽇: 2024/10/28
サイズ: 20×2.5cm/224p

「女性たちの韓国近現代史」 [著]崔誠姫

 近年、男性を中心に語られてきた歴史を見直し、女性の役割に目を向けるジェンダー史が盛んになってきた。本書は、この手法で19世紀末以降の韓国の通史を描く。それは、時代ごとに形を変える男性支配の下で、悩み、戦った人々の歴史だ。
 例えば、本書は朝鮮王朝末期の国王高宗の王妃である閔氏の再評価を行う。閔氏といえば、国王に影響を及ぼして清国やロシアに接近するなどの策を巡らせ、最後は日本に暗殺される人物として描かれやすい。だが、儒教が支配的な時代に女性が政治の表舞台に出たこと自体、驚くべきではないか。従来の閔氏への低い評価は、行動する女性への男性の拒否感を反映していたのかもしれない。
 また、韓国政治史の華というべき80年代の民主化の描き方も、教科書的な記述とは異なる。民主化運動には、組織を率いる男性たちを女性たちが食事や医療で支えるという家父長制的な構図があった。男性支配との戦いの転換点はむしろ97年のIMF危機にある。男性の没落を機に女性の社会進出が進む中で、クォータ制によって女性議員が増加し、女性家族部が誕生し、#MeToo運動も広がった。
 何より印象的なのは、本書が慰安婦問題に象徴される日本の植民地支配の残酷さを強調する一方で、様々な時代における日韓の女性たちの交流を描いていることだ。閔氏没後の大韓帝国時代、日本の支配が強まる中で、高宗の側室の貴妃厳氏は日本人女性たちとの社交を推奨し、女性が儒教の伝統を脱して家の外で活動する道を示した。植民地期に日本に留学した女性たちは、女性運動に刺激を受け、「新女性」として知られることになる。朝鮮人と結婚し、解放後に韓国に定住した日本人妻たちもいた。そして今日、K―POPやドラマを契機に交流を深める女性たちの姿がある。本書は、何かと政府間の対立が目立つ日韓関係についても、男性中心の見方を改めてくれるだろう。
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チェ・ソンヒ 1977年北海道生まれ。大阪産業大准教授(朝鮮近代史・ジェンダー史など)。著書に『近代朝鮮の中等教育』。